ディスラプトから協調へ:規制大国日本でスタートアップが変革を起こす道筋とNewmoの挑戦
日本社会が抱える長年の課題、特に伝統的な産業における硬直した規制は、新しい技術やサービスが生まれ、社会をより良くする可能性を阻む大きな壁として立ちはだかってきました。しかし今、この難攻不落に見えた壁に、新たなアプローチで挑戦するスタートアップが現れています。その最たる例が、ライドシェアという、まさに規制のど真ん中にあるモビリティ分野に真っ向から挑む「Newmo(ニューモ)」です。
今回は、Coral Capitalが主催する「STARTUP AQUARIUM」での青柳直樹氏(Newmo 代表取締役CEO)と西村賢氏(Coral Capital パートナー)の対談から、Newmoが描く日本変革のビジョン、そして規制下のスタートアップが成功するための道筋を深く掘り下げていきます。
Newmoの軌跡:なぜ青柳氏がタクシー業界に飛び込んだのか
Newmoの挑戦を理解するには、まず創業者である青柳直樹氏の異色の経歴と、そこから生まれた独自の哲学に触れる必要があります。青柳氏は、これまでに20年近く日本のスタートアップシーンを牽引してきたシリアルアントレプレナーです。グリーで10年間、メルカリで6年半、そして現在のNewmoと、3社にわたるキャリアを歩んできました。
彼のキャリアは、一貫して「規制」との向き合い方を通して、日本のスタートアップ界における独特の教訓を彼にもたらしました。グリーの創業初期は、ほとんど規制が存在しないインターネットの世界で自由にサービスを開発できました。しかし、事業が成長するにつれて、様々な規制が後からかかってくるという経験をしました。これに対し、メルカリ時代には、メルペイや暗号資産であるメルコインの立ち上げを通じて、最初から金融規制という強固な壁と向き合い、その中で事業を成立させるという困難なミッションを遂行しました。
こうした経験を経て、青柳氏は「規制を外から声高に批判し、ディスラプト(破壊)を叫ぶだけでは、日本社会はなかなか変わらない」という確信に至ります。特に、業界団体が強い政治的パワーを持つ日本では、外からの圧力よりも、内側に入り込み、共に汗を流しながら変革を促す「協調」のアプローチこそが有効だと考えたのです。
この哲学を体現するため、青柳氏は驚くべき行動に出ます。Newmoを立ち上げる8年前、彼は自らタクシーの二種免許を取得し、2週間みっちりドライビングスクールに通い、世田谷の街を走り回りました。そして、タクシー業界の深部を研究し、数々のタクシー会社をデューデリジェンス(詳細調査)して回ったのです。この経験が、Newmoが単なるテクノロジー企業ではなく、業界のリアリティを深く理解した上で変革を目指す、強固な基盤となりました。
187億円調達の裏側:規制下の挑戦とNewmoの強固な基盤
Newmoの挑戦が、単なる理想論に終わらないことを示すのが、その破格の資金調達額です。Newmoは創業からわずか1年という初期段階で、累計187億円もの資金を調達しました。この金額は、日本のスタートアップとしては異例の規模であり、Newmoのビジョンと実行力への投資家からの絶大な期待を物語っています。
この大型調達を可能にしたのは、青柳氏自身が培ってきたシリアルアントレプレナーとしての実績と、彼を支える強力な共同創業者チームです。Newmoは現在、約70名の社員を擁し、その多くは青柳氏が「仲間」と呼ぶ、過去の成功したスタートアップで共に働いた経験を持つ精鋭たちです。彼らは、グリーやメルカリでの大規模な事業開発、組織運営、そして規制対応の経験を積み重ねてきたベテラン揃いであり、Newmoの挑戦が単なる夢物語ではないことを投資家に確信させました。
Newmoは調達した資金で、具体的にタクシー会社を買収するという大胆な戦略を実行しています。すでに大阪で第3位のタクシー会社を経営しており、ライドシェアの本格的な解禁がまだであるにもかかわらず、その準備を着々と進めているのです。
青柳氏の言葉からは、この戦略の意図が明確に読み取れます。「規制改革が起きればすぐにでも走り出す」ため、現行の規制下であっても、タクシー事業を自ら手掛けることで、業界内部の知見を蓄積し、オペレーションを構築しています。これにより、いざ規制の壁が取り払われた際には、Newmoが最も有利なポジションから市場を席巻できる態勢を整えているのです。この「見切り発車」とも言える挑戦は、緻密な戦略と揺るぎない確信に裏打ちされています。
日本版ライドシェアの現状と政治動向:遅れるイノベーションの壁
しかし、Newmoの挑戦が容易ではないことも明らかです。日本社会は、各産業に張り巡らされた「業法」と呼ばれる規制の網が、新技術の導入を阻むという課題を長年抱えてきました。西村氏の指摘するドローンの事例が好例です。河川の堤防監視にドローンを導入しようとしても、「目視」義務があるためにその真価を発揮できず、この規制が撤廃されたのはドローン登場から10年以上経った2023年のことでした。
モビリティ分野においても同様です。米国でUberがサービスを開始してからすでに15年が経過しましたが、日本のタクシー業界では画期的なイノベーションがほとんど起きていません。数千もの法律や条例が、新サービスや新技術の柔軟な導入を妨げているのが現状です。
ここ数年、日本でもライドシェア導入への議論は活発化していますが、その実態は海外のそれとは大きく異なります。現行の「日本版ライドシェア」は、以下のような制約を抱えています。
- タクシー事業者への所属義務: ライドシェアドライバーは、地域のタクシー事業者に所属し、雇用される形が原則です。これは、Uberのように一般人が自由にドライバーになれるモデルとは一線を画します。
- 時間帯・地域制限: タクシーが不足する時間帯や地域に限定されており、サービス提供に柔軟性がありません。
- 普通免許での運転: 一般ドライバーは普通免許で運転できますが、タクシー会社の管理下にある車両での運行が基本となります。
この制度は、タクシー業界の既得権益を守る側面が強く、消費者の利便性向上や、ドライバー不足の抜本的な解決には繋がりにくいという批判があります。青柳氏も、この「日本版」が実質的にライドシェアの本格解禁を先送りするための措置であると認識しています。
ライドシェアを巡る政治動向もまた、複雑です。昨年6月には岸田内閣で本格解禁に向けた議論が盛り上がりを見せましたが、国交大臣の意向もあり、「期間を定めずモニタリングを続ける」という形で事実上先送りされました。過去の小泉内閣時の規制緩和でタクシー新規参入が増加し、過当競争とデフレを招いたこと、またスキーバス事故などの教訓から安全管理への懸念が根強く、全面解禁には慎重な姿勢が続いています。
ディスラプトから協調へ:日本型変革の戦略
このような厳しい環境下で、Newmoはどのようにして変革の道を切り開こうとしているのでしょうか。その答えが、青柳氏の提唱する「ディスラプトから協調へ」という日本型変革の戦略です。
業界内部への深く踏み込む:
- Newmoは、規制改革を声高に叫ぶのではなく、自らタクシー会社を経営することで、業界の内情を深く理解し、現場のドライバーや既存事業者との信頼関係を築いています。青柳氏自身が二種免許を持ち、今でも定期的にタクシーを運転することで、現場の課題を肌で感じています。
- このアプローチにより、Newmoは「外敵」ではなく「仲間」として受け入れられやすくなり、改革への抵抗を和らげる効果が期待されます。
「いつか来る波」への戦略的先行投資:
- 日本の社会構造が抱える人手不足、特に移動の足不足は、今後10年、20年と続く本質的な課題です。青柳氏は、ライドシェアの本格的な規制緩和は「遅かれ早かれ必ず来る」と確信しています。
- アプリ開発やオペレーション構築、人材育成には時間がかかるため、Newmoは規制緩和の前に先行投資を行い、市場が開放された際に「一番良いポジション」にいることを目指しています。これが、187億円という大型調達の大きな意義です。
タクシー業界のDX推進:
- 日本のタクシー業界の9割以上は家族経営の小規模事業者であり、DX(デジタルトランスフォーメーション)がほとんど進んでいません。Newmoは、このような既存事業者のDXを支援することで、業界全体のサービス品質と効率を向上させ、ライドシェア導入への土壌を耕しています。
- 営業所のWi-Fi整備から、配車アプリの最適化、ドライバーの労働環境改善まで、地道な改革を進めています。
自動運転タクシーへの展望:
- Newmoのビジョンは、ライドシェアに留まりません。その先には、自動運転タクシーという、より大きな変革の波を見据えています。
- ライドシェア事業で得たデータやノウハウは、将来的な自動運転技術の導入に不可欠なものとなるでしょう。
未来への展望:スタートアップが日本を変えるために
Newmoの挑戦は、日本におけるスタートアップの新たな可能性を示唆しています。それは、単に革新的な技術やサービスを開発するだけでなく、社会の複雑な構造、特に規制や政治の力学を深く理解し、それらと「協調」しながら変革を推進する力です。
対談の中で青柳氏は、過去の成功体験を持つシリアルアントレプレナーが、自身のナレッジや経験を次の挑戦に活かすことの重要性を語っています。Newmoの共同創業者20名体制は、まさにその実践であり、多様な経験と専門性を持つ「仲間」の存在が、困難な規制産業におけるNewmoの大きな強みとなっています。
かつてのシリコンバレーでは「ディスラプト(破壊)」が成功の方程式とされてきましたが、日本においては、既存のステークホルダーと対話し、彼らの懸念を解消しながら、着実に信頼を築き上げていく「協調」のアプローチが、結果的に最も早く社会を変える道となるかもしれません。
Newmoの挑戦は、日本社会における「変革」の定義そのものを問い直し、スタートアップエコシステム全体に新たな視点を提供しています。今後、Newmoがタクシー業界をどう変え、そして日本のモビリティの未来をどう形作っていくのか、その動向から目が離せません。
起業を目指す皆さん、もしあなたが、既存の枠組みに囚われず、しかし現実を見据え、粘り強く社会を変えたいと願うなら、Newmoのアプローチから学べることは多いでしょう。そしてもし、そんな「難しいテーマ」に挑戦したいと考えるなら、ぜひCoral Capitalのようなパートナーに相談してみてください。あなたの情熱と戦略が、日本を変える次なる大きな波を起こすかもしれません。
参考情報:
- Newmoは、大阪府で2024年10月から半年間行われる「万博に向けた24時間ライドシェア」の試行事業に参加予定です。
- 青柳直樹氏は、二種免許を保有し、Newmoのタクシーを自ら運転することもあります。
- Coral Capitalは、Newmoの事業に累計187億円を投資しています。