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戦時下のプロダクト戦略:市場の逆風に立ち向かい、ビジネスを成長させる5つの教訓

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ニューヨークで開催されたPRODUCTCON '25の舞台で、Googleのキャリア・トランスフォーメーション・コーチ・グループPMであるチェルシー・ワイアバンスキー氏が興奮気味に紹介したのは、SoulCycleのプロダクト&テクノロジー担当副社長、ドリュー・レシッコ氏でした。彼女自身、SoulCycleの熱心なユーザーであり、1200回ものライドを経験しているという個人的なエピソードを披露し、レシッコ氏への期待の高さが伺えました。

レシッコ氏は、デジタルメディア、モバイル、Eコマース、そして新興テクノロジー分野で15年以上の経験を持つベテランです。彼のキャリアは、製品のゼロからの立ち上げ、戦略的ロードマップの構築、そして成長と逆境の両方でチームを率いてきた実績に彩られています。今回の彼の講演テーマは「Product in Wartime: How to Build When the Market Is Against You」(戦時下のプロダクト:市場が逆風の時にどう構築するか)という、現代のビジネス環境において多くのプロダクトリーダーが直面しうる、非常に示唆に富むものでした。

予測不可能な市場変動、経済の不安定性、そしてパンデミックのような未曾有の危機。これらが日常の一部となりつつある今、プロダクトリーダーはどのようにしてビジネスを前進させ、チームを鼓舞し、そして未来を切り開いていくべきなのでしょうか。レシッコ氏の経験は、その問いに対する力強い答えを提示しています。


SoulCycleの輝かしい時代から突然の「戦時下」へ

SoulCycleは、単なるフィットネスジムではありません。そのミッション「SoulCycle moves people to move the world.」(SoulCycleは人々を動かし、世界を動かす。)が示すように、マインド・ボディ・ソウルが一体となったプレミアムな体験を提供することで、人々の生活にインスピレーション、活力、そしてコミュニティをもたらしてきました。2006年にブティックフィットネスの概念を創出し、全米およびロンドンで15の主要都市に61のスタジオを展開するまでに成長。VOGUE、FAST COMPANY、THE CUTといった一流メディアにもその成功が取り上げられ、華々しい時代を築き上げていました。レシッコ氏自身も、「テクノロジーは喜び、コミュニティ、繋がりを力づけるべきである」という哲学を掲げ、顧客中心のプロダクト開発に情熱を注いでいました。

しかし、この輝かしい時代は突然の逆風に見舞われます。

最初の兆候は2019年。ある政治的な資金集めイベントがきっかけで、SoulCycleは顧客からの激しいボイコット運動に直面しました。これによりビジネスは一時的に打撃を受けますが、当時SoulCycleは100店舗目のオープンを目前にするほどの絶頂期にあり、この程度の逆風は乗り越えられると考えていたと言います。

本当の「戦時下」が始まったのは、2020年3月16日。新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、全米の全スタジオが閉鎖を余儀なくされました。この日、SoulCycleのビジネスモデルの根幹が揺らぎます。レシッコ氏が語る「戦時下の結果」は、その苛烈さを物語っています。

  • 全99スタジオ閉鎖:物理的な場でのサービス提供が不可能となり、収益の90%が消滅。
  • チームの劇的な縮小:85名いたチームがわずか15名まで削減されました。マーケティング、オペレーション、人材管理など、あらゆる部門で人員整理が行われました。
  • 本社フットプリントを70%削減:事業規模の縮小に伴い、物理的なオフィススペースも大幅に削減。
  • アットホームバイクからの収益ゼロ:SoulCycleは同時期に家庭用フィットネスバイク市場にも進出していましたが、そのバイクはEquinox(親会社)が所有しており、SoulCycle自体には収益が入りませんでした。

これらの結果は、SoulCycleが文字通り「ビジネスを収益化する手段を失った」状態に陥ったことを意味します。この絶望的な状況で、プロダクトリーダーであるレシッコ氏に求められたのは、従来の常識を打ち破る「戦時下のプロダクト戦略」でした。


戦時下のプロダクトリーダーが学んだ5つの戦略的転換

レシッコ氏は、危機を乗り越えるために彼自身とチームが経験した思考と行動の転換を、5つの教訓として共有しました。これらは、不確実性の時代を生き抜くあらゆる組織のリーダーにとって、普遍的な価値を持つ指針となるでしょう。

教訓1:顧客志向をやめて、ビジネス志向になれ

危機以前、SoulCycleのプロダクトチームは「顧客成長」や「顧客体験」を最優先のKPI(重要業績評価指標)としていました。しかし、スタジオが閉鎖され、収益の90%が失われたとき、レシッコ氏にとって唯一のKPIは「収益」になったと言います。

この転換が意味するのは、顧客が「望むもの」よりも、ビジネスが「生き残るために必要なもの」を優先することです。例えば、誰も望んでいなかったにもかかわらず、SoulCycleは迅速に「アウトドアクラス」を立ち上げました。パンデミックで屋内施設が閉鎖される中、顧客の安全性とビジネスの存続という二重の課題に応えるため、ヘッドホンとインストラクターを使った屋外でのサイクリングクラスを考案したのです。これは、従来の「顧客体験」の最適解ではなかったかもしれませんが、閉鎖されたスタジオからの収益がゼロだった状況において、唯一の収益源を確保する手段でした。

この経験から、レシッコ氏は短期的な収益確保が、危機における最優先事項であり、時には顧客の直接的な要望よりも上位に来ることを学びました。

教訓2:長期計画から30日間の集中へ

好調期には、SoulCycleは2年間のロードマップを策定し、ダイナミックプライシング、新クラスフォーマット、新しいデジタル機能など、壮大な計画を追求していました。しかし、市場が毎日変化する「戦時下」においては、長期的な計画は無意味になります。

レシッコ氏は、長期的な成功を一旦忘れ、「次の30日間に何ができるか」に焦点を当てることをチームに求めました。製品開発のスプリントは2週間が一般的ですが、彼らのスプリントは事実上「毎日」でした。市場の規制が日々変わり、顧客の行動も変化する中で、今日有効だったソリューションが明日には通用しない可能性がありました。

このアプローチは、必然的に「技術的負債」の増加を招きます。コードの質やシステムの最適化よりも、とにかく「動かす」ことが優先されました。しかし、ビジネスの存続が最重要課題である以上、完璧を追求する時間はありません。彼は、戦争が終われば技術的負債は解消できると割り切って、日々の生存のために全力を尽くしたのです。

教訓3:委任するのをやめて、自分で袖をまくって仕事しろ

通常のプロダクトリーダーは、アイデアを出し、PRD(製品要求仕様書)を作成し、プロジェクトマネージャーを通じて開発チームに指示を出すのが一般的です。しかし、チームが85人から15人に縮小された戦時下では、そのような贅沢は許されませんでした。

レシッコ氏は、自らが「プロダクトのヘッド兼オーナー」となり、IT、ネットワーク構築、従業員のPC修理まで、あらゆる業務に直接関わったと言います。プロダクトチームのトップとして戦略的な視点を持つだけでなく、実際に手を動かし、日々の業務を遂行するハンズオンの姿勢が求められました。彼はスプリントを自ら主導し、かつてプロダクトマネージャーやデザイナーが担っていた役割の多くを引き受けました。

この教訓は、リーダーが危機において、従来の役割の境界を越えて、ビジネスの存続に必要なあらゆるタスクをこなす覚悟を持つことの重要性を示しています。

教訓4:高機能ツールから実用性優先へ

危機以前、SoulCycleはAmplitudeのような高度な分析ツールや、Zeplinのようなデザインコラボレーションツールなど、最高のソフトウェアを活用していました。しかし、コスト削減が喫緊の課題となった時、これらの「派手なツール」は真っ先に削減対象となりました。

レシッコ氏は、Google Analyticsのような無料のツールに切り替え、Trelloのようなプロジェクト管理ツールも使用を停止しました。年間300万ドルものソフトウェアコストを削減し、ビジネスの存続に必要な最低限の機能を提供するために、無料で利用できるツールや、手動での作業に切り替えました。

この教訓は、困難な状況においてリソースを最適化し、必要な機能を「安価に」「迅速に」提供することの重要性を強調しています。見栄えのするツールよりも、実際に「仕事を成し遂げる」ことに焦点を当てるべきだというメッセージです。

教訓5:合意形成から直感的な判断へ

従来のプロダクト開発では、ステークホルダー全員の合意形成を得てからプロジェクトを進めるのが理想とされていました。しかし、戦時下では、全員を満足させる時間はなく、迅速な意思決定が求められました。

レシッコ氏は、時には「直感」に基づいた判断を下し、必要なことを素早く実行しました。結果として、ステークホルダーから反発を受けたり、間違いを犯したりすることもあったと言います。しかし、その都度、「ごめんなさい、次はもっとうまくやります」と謝罪し、すぐに次の行動に移ることで、ビジネスの前進を止めませんでした。

この教訓は、不確実な状況では完璧な計画や全員の賛同を待つよりも、リスクを冒してでも迅速に行動することの重要性を説いています。時に非難を浴びることも覚悟し、決断を下すリーダーシップが求められるのです。


SoulCycleの「戦後」とプロダクトリーダーの進化

レシッコ氏の指揮の下、SoulCycleは想像を絶する困難を乗り越え、驚くべき回復を遂げました。そのタイムラインは、危機への迅速な対応と粘り強い努力の軌跡を示しています。

  • 2020年3月: 全スタジオ閉鎖。
  • 2020年6月: 初のアウトドアクラス「SoulOutside」開始。
  • 2020年7月: 一部のマーケットで限定的なキャパシティで再開。
  • 2020年8月: オンラインクラス「Studio Stream」をローンチ。
  • 2021年7月: 主要マーケットでインドアクラス再開。
  • 2022年1月: オミクロン株流行により、再び厳しい状況に。
  • 2022年6月: 全スタジオが100%のキャパシティで営業を再開。
  • 2022年8月: 新しいサブスクリプションプラットフォームをローンチ。
  • 2023年1月: 顧客が通常通りスタジオに戻り始める「初の通常の1月」を記録。
  • 2023年6月: ついに黒字化へ回帰 – 「戦争終結!」

3年間にわたる厳しい戦いの末、SoulCycleは再び収益を上げられるようになりました。この経験を通じて、チームは大きく進化しました。

  • より強く、傷つきながらも学んだチーム:逆境を共に乗り越えたことで、チームの結束力と回復力が高まりました。
  • より小さく、より効率的で、より迅速:チームは少数精鋭となり、無駄を排除し、迅速に行動できる組織へと変貌しました。
  • 成果と成功に焦点を当てる組織文化:日々の生存が目的だった経験から、具体的な成果と成功を追求する意識が高まりました。
  • 成長への準備が整ったバランスの取れたチーム:危機を乗り越える中で、何が本当に重要なのかを理解し、今後の成長に向けてより強固な基盤を築きました。

レシッコ氏の最終的なメッセージは、この経験の全てを凝縮しています。 "Be the product leader who leads through, not just during, the crisis." (危機の間だけでなく、危機を乗り越えてチームを導くプロダクトリーダーであれ。)


結論:不確実な時代を生き抜くためのプロダクトリーダーシップ

Drew Lesicko氏の感動的なストーリーは、プロダクトリーダーシップの真髄を私たちに教えてくれます。パンデミックや経済的逆境のような予期せぬ事態は、今後も繰り返し私たちの前に現れるでしょう。しかし、重要なのは、それらの危機にどう対応し、そこから何を学び、どのように進化していくかです。

レシッコ氏の教訓は、単なるビジネス戦略を超え、人間としての回復力と適応力の物語でもあります。

  1. 顧客の声とビジネスの存続、その優先順位を明確にする勇気。
  2. 長期的な理想を追い求めるだけでなく、目の前の30日間に集中し、日々の生存を確保する現実主義。
  3. 役割の境界線を越え、必要であれば自ら率先して手を動かす、ハンズオンのリーダーシップ。
  4. 「完璧」よりも「機能」を優先し、限られたリソースで最大限の成果を出す創造性。
  5. 全員の合意を待たず、時にはリスクを冒してでも迅速な意思決定を下す、決断力と責任感。
  6. そして、これらの決断を通じて、チームを再構築し、より強く、賢く、そして柔軟な組織へと導くビジョン。

Drew Lesicko氏とSoulCycleの経験は、困難な時代においてプロダクトリーダーが直面する課題と、それを乗り越えるための具体的な道筋を鮮やかに示しています。彼の言葉は、危機がいつか終わり、そしてそれを乗り越えた先には、より強く、より賢いチームが待っているという希望を与えてくれます。

不確実性が常態化した世界で、私たちは皆、多かれ少なかれ「戦時下」に生きています。今こそ、私たち一人ひとりが「危機の間だけでなく、危機を乗り越えてチームを導くプロダクトリーダー」となるべき時です。未来は、変化を恐れず、迅速に行動し、本質的な価値に焦点を当てることができる者たちの手にかかっています。