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LayerX福島良典が語る「プロダクト開発の思想転換」:数字の呪縛を解き放ち、本質的価値を創造する経営戦略

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起業家としての鮮烈なデビューから、再び日本のビジネスシーンに革新をもたらすLayerX。そのCEOである福島良典氏が、先日の「CORAL SCHOOL」の講演で語った内容は、私たち現代の経営者やプロダクト開発に携わる者にとって、深く心に刻まれるものでした。特に印象的だったのは、「プロダクト開発の考え方が変わった」という一言。Gunosy創業からLayerXでの再挑戦に至るまで、天才ハッカーとして知られる福島氏がどのような思想変遷を辿り、今、何に価値を見出しているのか。その詳細を深掘りし、数字至上主義からの脱却、そして人事領域への参入に見る深い洞察を、詳細かつ分かりやすく解説していきます。


導入: 天才ハッカーの再挑戦、その羅針盤の変化とは

2012年、東京大学大学院在学中にニュースキュレーションアプリ「Gunosy」を共同創業。わずか約2年半で東証マザーズ(現・グロース)上場を果たし、一躍その名を轟かせた福島良典氏。まさに現代の「天才ハッカー」という言葉が相応しい彼のキャリアは、2018年のLayerX創業によって新たなフェーズへと突入しました。ブロックチェーン技術を基盤とした社会実装を目指すLayerXは、現在、B2B SaaS領域を中心に急速な成長を遂げています。

そんな福島氏が今回の講演で語ったのは、Gunosy時代とLayerX時代で、自身の「プロダクト開発の考え方」が大きく変わったという、非常に示唆に富む内容でした。一体、何が彼の思想を変え、新たな航海へと導いているのでしょうか。


Part 1: Gunosy時代 - 数字が導いた成長と見えなかったもの

福島氏のキャリアを語る上で、Gunosy時代のプロダクト開発への向き合い方を理解することは不可欠です。それは、まさに彼自身のバックグラウンドと時代の潮流が交差する、象徴的なフェーズでした。

天才ハッカーの誕生とApp Store黎明期

福島氏の専門は、東京大学大学院でのコンピュータサイエンス、そしてディープラーニング前夜の「機械学習」でした。この最先端の技術的知見が、Gunosyの基盤を形成します。そして、彼がGunosyを創業した2012年頃は、スマートフォンの普及とApp Storeの黎明期が重なる時代でした。まだアプリが飽和しておらず、優れたプロダクトは口コミやランキング効果によって爆発的な成長を遂げることが可能でした。

実際、Gunosyは初期にはSNSでのバイラルマーケティングを重視。これは、アプリの無料ダウンロードランキングで上位に食い込むことで、さらなるオーガニックなダウンロードを呼び込むという戦略です。当時は、SmartNewsという強力な競合も同時期に登場しており、ニュースアグリゲーションアプリとして熾烈な競争を繰り広げていました。

数字への絶対的信頼と緻密な改善

Gunosy時代、福島氏がプロダクト開発において最も重視したのは「数字」でした。リテンションレート、クリック率、コンバージョン率など、あらゆる指標を徹底的に計測し、その数字を改善するためのABテストを繰り返す日々。デザイナーが渾身の思いで提案したUI/UXの変更案であっても、ABテストの結果、クリック率がわずか0.0何%でも下がれば、容赦なく却下されることもあったと言います。

この「数字至上主義」とも言える開発スタイルは、プロダクトの機能やデザインの意思決定を客観的なデータに基づいて行うことで、無駄を排除し、効率的な成長を実現しました。短期間での上場という結果が示す通り、当時の市場環境とプロダクトのフェーズにおいては、この戦略が大いに奏功したと言えるでしょう。

数字の功罪:見えなかった機会損失

しかし、福島氏はこのGunosy時代を振り返り、数字への過度な依存がもたらす「功罪」についても言及しています。

「今見えている数字を最適化すると、今のサービスのキャパシティ通りの顧客にしか刺さらない」

この言葉は、数字の罠を端的に表しています。既存のユーザーが求めるものを最適化し続けることで、確かに短期的な成長は実現できます。しかし、それは同時に、まだ見ぬ潜在顧客のニーズや、サービスの真の可能性を閉ざしてしまうことにも繋がりかねません。今のサービスが対応できる範囲の「キャパシティ通り」の顧客にしかリーチできないというのは、まさにその通りでしょう。

さらに、デザインや機能の変更が僅かな数字の変動で却下されることで、プロダクトの本質的な魅力や、未来に向けた大胆なイノベーションが阻害される可能性も指摘されました。数字は常に過去の結果を示す「遅効指標」であり、未来の市場や顧客の潜在ニーズを正確に捉えることはできません。テスト結果の公正性にもバイアスがかかることもあり、数字に頼りすぎることが、結果的に「つまらないプロダクト」を生み出してしまうリスクがあったのです。


Part 2: LayerX時代 - 数字を超えた本質的価値の追求

Gunosyでの成功と反省を経て、福島氏は2018年にLayerXを創業。2度目の起業では、プロダクト開発に対するアプローチに明確な変化が見られました。彼が最も強調したのは、「数字をあまり見なくなった」という、一見すると直感に反する思想でした。

「数字を見なくなった」衝撃の真意

「変わったところで行くと、意外と数字を見なくなった」。この発言は、Gunosy時代に数字を徹底的に追求した彼だからこそ、その重みが伝わってきます。それは決して数字を無視するということではなく、数字の「呪縛」から解放され、より本質的な価値に目を向けるようになった、という思想の転換を意味します。

LayerXが現在開発しているのは、経理やHRといったB2B SaaSプロダクトです。GunosyのようなT2Cサービスとは異なり、B2B領域では顧客の業務プロセスや企業文化に深く根ざした課題解決が求められます。そこで福島氏が実践しているのが、徹底的な「現場感」の追求です。

現場感へのこだわり:「ドッグフーディング」と顧客対話

LayerXでは、エンジニアを含む全社員が、自社が提供するプロダクトが解決しようとしている業務を実際に体験する「ドッグフーディング」を徹底しています。例えば、経理プロダクトを開発するチームであれば、実際に会社の決算業務を締めたり、会計ソフトを操作したり、請求書処理を行ったりするのです。毎月一度の研修を通じて、アナログな業務フローを肌で感じ、顧客の「ペイン」を追体験します。

福島氏自身も、今でも頻繁に営業活動に赴き、顧客と直接対話する時間を非常に大切にしています。これは単なる営業活動ではなく、顧客が抱える本質的な課題や、プロダクトによって解決されるべき「ペイン」、そして「どういう世界観を作りたいか」という定性的な情報を深く掘り下げるための機会です。

この現場感へのこだわりは、Gunosy時代から変わらない「プロダクト開発の根本思想」だと福島氏は語ります。それは、具体的な業務プロセスを深く理解し、その中で生まれる課題、つまり「痒い所に手が届く」ようなソリューションを生み出すための源泉なのです。

数字が捉えられない価値への挑戦

LayerXのプロダクト開発において、「数字をあまり見なくなった」という背景には、数字では捉えきれない、あるいは数字に現れるのが遅すぎる価値を重視するという考え方があります。

「今見えている数字や感覚に現れないものをサービス内に取り込んでいかなきゃいけない」

福島氏は、既存の数字やデータに固執すると、サービスが既存の顧客層のキャパシティに閉じ込められ、それ以上の成長が阻害されると指摘します。真のイノベーションは、既存の枠を超えた領域に存在し、そこにはまだ数字として可視化されていない顧客のニーズが眠っているからです。

Gunosy時代に経験した「デザイナーの想いを込めたデザインが、クリック率0.0数%の差で却下される」といったエピソードも、この考え方を裏付けます。数字は客観的ですが、その解釈や、短期的な数字にこだわりすぎることが、長期的な視点でのプロダクトの進化を阻む可能性を示唆しています。

MRR(月次経常収益)のような遅効指標も、経営判断には重要ですが、それに頼りすぎるとプロダクト開発のスピード感や柔軟性を失います。目に見える数字に囚われず、顧客の定性的な反応や市場の「空気感」を捉え、未来を洞察する力が、LayerXのプロダクト開発を支える重要な要素となっているのです。

「数字に頼りすぎるとつまらないプロダクトになる」という彼の言葉は、まさに本質を突いています。数字はツールであり、目的ではない。顧客の心を掴み、市場を牽引するプロダクトは、数字を超えた「何か」によって生まれるのです。


Part 3: 人事領域への参入 - 後発でも勝算のある「破壊的イノベーション」の源泉

LayerXが特に注目されるのは、B2B SaaSの中でも、経理や人事をはじめとするバックオフィス領域に深く踏み込んでいる点です。一見すると競争が激しい「レッドオーシャン」にも見えるこの分野で、福島氏はなぜ「後発でも勝算がある」と断言するのでしょうか。その背景には、彼の深い洞察と革新的なアプローチがあります。

既存市場の「深いペイン」と未開拓の余地

福島氏が人事領域、特に勤怠管理サービスへの参入を決めた理由として挙げたのは、既存のソリューションに対する顧客からの「圧倒的な不満」でした。

  • スプレッドシート管理の限界: 多くの企業が未だにExcelなどのスプレッドシートで勤怠管理を行っており、手入力によるミスや集計の手間が大きな負担となっています。
  • 既存ツールの不満: 既存の勤怠管理ツールを導入している企業であっても、「使いづらい」「従業員が打刻してくれない」「ミスが多くて修正工数がかかる」「マネージャーのチェック負担が大きい」といった不満が蔓延しています。
  • 法制度対応の複雑性: 労働基準法やサブロク協定といった法律が複雑に絡む勤怠管理は、正確な運用が難しく、企業にとって大きなリスクとなります。
  • 「見込みが立たない」現状: 「このまま働き続けるとサブロク協定違反になってしまう」といった予測がサービス上で即座に確認できないなど、未来を可視化する機能が不足しています。

福島氏は、これらの課題を「データで可視化されていないペイン」と捉えています。既存のサービスは、打刻を記録するツールとしては機能するものの、そこから派生する複雑な業務の自動化や、データに基づいた未来予測といった領域には、大きな未開拓の余地があると感じているのです。

「10倍良いもの」の創造:AIによる業務の再定義

福島氏は、既存のプロダクトや代替手段に対して「10倍、20倍、100倍良いものが作れるか」という視点で新規事業の可能性を判断すると語ります。人事領域では、その「10倍良いもの」を作る明確な余地があったと確信しています。

LayerXのアプローチは、単なる既存業務の効率化に留まりません。AIを活用することで「業務そのものをなくす」ことを目指します。例えば、請求書を受け取って開封し、手入力して上司がチェックするという一連の業務フローを、AIが全て自動で行う。従業員は出退勤の打刻をするだけ、上司はAIが処理した内容を最終確認するだけ、という究極の効率化を実現するのです。

これは、「ソフトウェアを売る」のではなく、「業務を売る」というLayerXの哲学を体現しています。プロダクトを通じて顧客の業務プロセスを根本から変革し、そのフリクション(摩擦)を徹底的に取り除くことで、圧倒的な価値を提供するのです。

日本社会の課題解決と後発優位性の本質

人事領域への参入は、日本社会全体が直面する「人手不足」という喫緊の課題への貢献という側面も持ちます。従業員一人ひとりの生産性を高め、業務効率を向上させることは、企業の成長だけでなく、社会全体の持続可能性にも繋がります。

福島氏は、新規事業の検討において「レッドオーシャンであるかどうかは、実はあまり関係ない」と語ります。重要なのは、既存の代替手段よりも圧倒的に優れたプロダクトを生み出す「余地」があるかどうか。そして、その余地を見極め、実行できる「強い意志」と「コミットメント」があるかどうかです。

LayerXは、まさにこの「深いペイン」と「圧倒的な価値創出の余地」という二つの軸で人事領域への参入を決め、AIとブロックチェーン技術を駆使して、従来の常識を覆すようなプロダクトを市場に投入しています。


Part 4: 新規事業を成功させる組織と経営者の役割

福島氏の語りの中で、プロダクト開発の思想転換と人事領域への参入の背景が明らかになりましたが、その成功の鍵を握るのは、やはり組織と経営者のあり方です。彼は、新規事業を立ち上げ、成功させるための具体的な組織論と、経営者自身が取るべき行動について、非常に明快な提言をしています。

エンジニアが深く業務を理解する重要性

「プロダクトが解決する業務の内容について、エンジニアはどこまで深く理解すべきか?」という問いに対し、福島氏は「全員が解像度が高い方が、良いプロダクトができる」と断言します。それは、エンジニアがただコードを書くだけでなく、顧客の業務を深く理解し、その本質的な課題を解決するための「問題解決者」となることを意味します。

LayerXでは、エンジニアもPM/PDM(プロダクトマネージャー/プロダクトデザインマネージャー)も、顧客の業務フローに深く潜り込み、その「ペイン」を肌で感じます。具体的な顧客、具体的な会社の業務における「映像」を想像し、それを抽象化して解決策を設計できるレベルまで理解することが求められます。

「ずっと業務やっていると、その業務の人になってしまう」という言葉には、業務に没頭しすぎることでかえって客観的な視点を失う危険性への警鐘も含まれています。あくまで「客観的な視点を持つ問題解決者」であることが、エンジニアにとっての理想像と言えるでしょう。特に、不確実性の高い要件に直面した際には、真っ先に顧客との対話に立ち、モックアップなどを活用しながら、仕様の不確実性を極限まで減らすことが重要だと強調されました。

新規事業チームの最適な構成

新規事業を成功させるためのチーム構成についても、福島氏は自身の経験に基づいた具体的な原則を提示しています。

  1. 既存事業からの完全独立: 新規事業チームは、既存事業の組織やレポートライン、評価KPIから完全に切り離すべきです。既存事業の論理や制約に縛られず、自由な発想と迅速な意思決定を可能にするためです。
  2. コンパクトなチームサイズ: チームは極めてコンパクトに保つべきだとし、理想は3人、最大でも5人程度を推奨しています。少人数であることで、コミュニケーションコストを最小限に抑え、アジリティを高めることができます。
  3. KPIの再定義: 既存事業のようなファネル型のKPIや、売上目標などを新規事業に設定することは、「意味がない」と断言します。代わりに、「課題を抱えている顧客が何社いるか」「具体的にサービス提供できそうな候補が何社で、そのステータスがどうなっているか」といった、より定性的な情報や初期段階の顧客獲得に関する指標を重視します。
  4. 「エース」のアサイン: 新規事業は最も不確実性が高く、最も困難な挑戦であるため、社内で最も成果を出してきた「エース」をアサインすべきだと強調します。彼らは困難な状況でも自ら道を切り開き、チームを牽引する力を持っているからです。

これらの原則は、新規事業が既存事業の延長線上ではなく、全く新しい価値創造を目指す独立した挑戦であることを示しています。

経営者の本気度とマインドシェアの最適配分

そして、新規事業成功の最も重要な要素として、福島氏は「経営者の本気度」と「マインドシェアの配分」を挙げます。

「経営者は8対2くらいで新規事業にフルべきだと思いますね」

この言葉は、多くの企業が既存事業の安定成長に注力する中で、新規事業へのコミットメントがいかに重要かを訴えかけています。創業者が新規事業にコミットしない限り、その事業は絶対に立ち上がらないとまで言い切ります。

なぜなら、社員は経営者の行動を想像以上に見ており、経営者が新規事業に本気で取り組む姿勢を示すことで、組織全体のモチベーションやコミットメントが大きく変わるからです。経営者が新規事業に本気で「enjiru(演じる)」ことで、社員もまた、その熱意に応えようとします。

Gunosy時代には既存事業に多くのリソースを割いていた福島氏も、LayerXでは新規事業に8割のコミットメントをしています。既存事業は、ある程度方程式が確立されており、優秀なメンバーに責任と権限を委譲することで、経営者自身がいなくても一定の成長を維持できるという考えです。ただし、既存事業を全く見ないわけではなく、モメンタム(勢い)をどう作るか、どこがアラートラインかといった重要なポイントは把握し、適切なタイミングで介入するバランス感覚も重要です。


結論:未来を拓くプロダクト開発の哲学

福島良典氏が語ったプロダクト開発の思想転換は、単なる戦略論に留まらず、起業家としての深い哲学と、未来への強い意志が込められたものでした。

Gunosy時代に数字の力を最大限に活用して成功を収めた経験を持つ彼だからこそ、「数字に頼りすぎるとつまらないプロダクトになる」「数字が捉えられない価値がある」という言葉の重みが増します。LayerXが追求するのは、表面的な数字の改善ではなく、顧客の深層に眠る「ペイン」を徹底的に理解し、AI技術を駆使して業務そのものを再定義する、本質的な価値の創造です。

人事領域への参入に見る「後発でも勝算のある破壊的イノベーション」の源泉は、既存市場の深い課題を見つけ出す洞察力と、それを「10倍良いもの」に変える技術力、そして何よりも、経営者自身がその挑戦に全身全霊でコミットする「本気度」にあります。

福島氏のメッセージは、現代の多くの経営者やプロダクト開発者にとって、改めて自らの仕事の意義や目的を問い直し、未来を切り拓くための勇気と示唆を与えるものとなるでしょう。数字は羅針盤の針の一つに過ぎません。真の目的地を見据え、その本質的価値を追求するプロダクト開発こそが、これからの時代に求められる「未来を拓く哲学」なのです。