AIアシスタント市場はバブルではない:競争、イノベーション、そして新たな価値創造の最前線
シリコンバレーで今、最も熱い注目を集めるのはAIアシスタントの領域です。消費 者向けには「Instinct」、そして企業向けには元PlaidのCTOであるジャン・ドゥニ氏が創業 した「Town.com」が登場し、熾烈な競争を繰り広げています。多くの投資家や業界 関係者が、この急速な成長を「バブル」と評する声もありますが、Town.comの創業 者であるドゥニ氏は、AIアシスタント市場は本質的な価値創造に基づいており、 今後12ヶ月間でGoogleやAppleといったテックジャイアントの優先事項のトップ3に 入ると確信しています。
本記事では、このAIアシスタント市場の現状、Town.comの具体的な機能とビジネス モデル、競争環境における差別化戦略、経済性と成長ポテンシャル、そしてAIがも たらす未来の展望について、ドゥニ氏の発言を深く掘り下げながら詳細に分析し ます。専門性と分かりやすさを両立させ、読者の皆様がこの革新的な市場の重要 性と将来性を多角的に理解できるよう解説します。
1. AIアシスタント市場の概観と主要プレイヤー
AIアシスタント市場は、単なるデジタルツールを超え、私たちの仕事と生活のあ らゆる側面に深く浸透し始めています。ドゥニ氏は、この分野で勝者となる製品 は「エージェントレベルでのネットワーク効果」を備えていると強調します。そ れは、個々のアシスタントが連携し、集合的な知能と効率性を生み出すことで、 ユーザー体験を飛躍的に向上させる力を持つことを意味します。
現在、この市場には多種多様なプレイヤーが存在します。
- 消費者向け: 「Instinct」は、個人ユーザーの日常生活を支援するAIアシスタント として注目されています。旅行の計画、チケットの購入監視など、より複雑な 個人タスクの自動化を目指しています。
- 企業向け: 「Town.com」は、企業やプロフェッショナルが日々の業務を効率化 するためのAIアシスタントを提供します。メール、カレンダー、テキストメッセ ージといった基本的なコミュニケーションツールを基盤として、バックグラウ ンドで作業を自動化し、ユーザーの生産性を向上させることを目指しています。
- 大手テック企業: Google、Apple、Meta(WhatsApp)、そしてElon MuskのGrokBot など、巨大なユーザーベースと資本力を持つ企業もこの市場に参入しています。 彼らは既存のプラットフォームにAIアシスタント機能を統合することで、支配 的な地位を確立しようとしています。
- フロンティアモデルプロバイダー: OpenAI(ChatGPT, Codex)、Anthropic(Claude , Sonnet, Opus)、ElevenLabs(音声生成)などは、基盤となるAIモデルを提供 し、AIアシスタントの能力を支えています。
この競争が激化する中で、Town.comはどのような戦略で市場を切り開いているの でしょうか。
1.1. Town.comの誕生とプロダクト・マーケット・フィット(PMF)
ドゥニ氏は、Town.comを創業するまでの道のりを語ります。当初はAI税務会社を 手掛けたものの、十分なPMFが得られず、事業を再考しました。その中で浮かび上 がったのが、「なぜ誰もメールを基盤としたAIを作っていないのか?」という問 題意識でした。世界中の人々がメールとカレンダーを駆使して仕事や生活を営ん でいるにもかかわらず、その領域にはまだ「素晴らしいプロダクト」が存在しな いと感じたのです。
転換点となったのは、大規模言語モデル(LLM)が単なる数ステップの処理を超え、 実務レベルの自律的な作業をこなせるようになった時期(2022年11月〜12月頃) でした。ドゥニ氏らは数週間でプロトタイプを開発し、すぐにPMFを確認。特に 「OpenCall」のような技術志向のプロダクトが台頭する中で、Town.comは「誰でも簡 単に価値を得られるようにすること」に注力しました。
Town.comの理想的な顧客(ICP)は、メール、カレンダー、テキストメッセージを 使って仕事をする一般的なユーザーです。彼らの既存の作業フローを分析し、 ルーティンワークをバックグラウンドで自動化するAIを提案することで、ユーザー は「箱から出してすぐに使える」魔法のような体験を得られるのです。ドゥニ氏 自身もTown.comの「デイリーアクティブユーザー(DAU)」であると語り、その製品 への深い愛着と自信を覗かせます。
2. Town.comの機能とビジネスモデル:AIアシスタントの深化
Town.comのAIアシスタントは、単なるチャットボットではありません。ユーザーの 日々のデジタルライフに常駐し、能動的に価値を創造する「エージェント」とし ての役割を担います。
2.1. コア機能:メール・カレンダー連携と自動化
Town.comのAIアシスタントは、ユーザーのメールやカレンダーに深く常駐し、以下 のような機能を提供します。
- メールの分析と自動化: 受信トレイの内容を分析し、重要なメールの特定、 返信のドラフト作成、メールのラベリング(分類)などを自動で行います。
- カレンダーの整理とスケジュール調整: 会議のブリーフィング資料を自動で 準備したり、複数の参加者の空き時間を見つけて会議を設定したり、アジェン ダを提案したりします。
- タスク提案と実行: ユーザーの過去の行動パターンから、繰り返し行う作業 や次に取るべき行動を学習し、自動化を提案します。
これらの機能は、特に営業、採用、中小企業経営者、秘書、人事、財務などの職 種において、日々のルーティンワークを劇的に削減し、本質的な業務に集中する 時間を作り出します。ドゥニ氏は、「設定なしで箱から出してすぐに使えるとい う事実が、魔法のような瞬間を生み出す」と述べ、ユーザーがその価値をすぐに 実感できることが成功の鍵だと強調します。
2.2. エージェントレベルでのネットワーク効果「タウニー」
Town.comが提唱する最大の競争優位性の一つが、「エージェントレベルでのネット ワーク効果」です。彼らはこれを「タウニー」と呼び、ユーザー個人のアシスタ ントが、同僚のアシスタントと連携して情報を交換し、タスクを共同で遂行する ことを可能にします。
例えば、あるユーザーが自分のタウニーに質問を投げかけ、タウニーがその答え を持っていないと判断した場合、同僚のタウニーが答えを持っていることを認識 し、直接質問して答えを得てくれます。この「エージェント間連携」は、製品の 奥深くに隠された機能であるにもかかわらず、パワーユーザーから非常に高い評 価を得ています。
チーム全員がタウニーを使い始めると、そのチームは別の製品に乗り換えること が非常に難しくなります。なぜなら、そのチームの集合的な知識と業務プロセス がタウニーのネットワーク上に構築され、相互に依存するようになるからです。 ドゥニ氏は、マルチユーザーやマルチプレイヤーのAIを完全に確立した企業はま だなく、これが競合に対する強力な「堀」(参入障壁)になると考えています。
2.3. プライバシーとデータサイロの再定義
AIアシスタントが普及する未来において、プライバシーとデータ管理は避けて通 れない課題です。ドゥニ氏は、5年後には、ユーザーが介入しなくてもエージェン トが「誰とどのデータを共有するか」を判断してくれるようになると予測します。
現在の世界では、個人データと仕事データは厳しく分離されており、人間自身が 情報のフィルター役を担っています。しかし、AIは学習と推論能力の向上により、 「親しい友人だから病歴は教えない」「仕事上の同僚だが、個人的な給与情報は 共有しない」といった複雑な判断を、ユーザーの意図を汲んで自動的に行えるよ うになります。
企業にとって、LLMにより多くの情報へアクセスさせるほど、タスクをより効果的 にこなせるようになるというジレンマがあります。従来のデータガバナンスでは、 コンプライアンスチームが時間をかけてデータにラベルを付け、アクセスポリシー を定めていましたが、これは時間がかかり、コストも高く、結果的にAIがアクセス してほしい情報にアクセスできないという問題がありました。
将来的に、LLM自体がデータサイロ間の情報共有の判断を担うようになることで、 この問題は解決されます。例えば、営業担当が特定の顧客への紹介を求めた場合、 エージェントが社内の全社員のエージェントと連携し、受信トレイやカレンダー 情報から最適な紹介者(仕事上のつながり、個人的なつながり、会議予定など) を見つけ出し、提案します。これは企業にとって「最高のビジネス成果」をもた らすとドゥニ氏は指摘します。
ただし、これを実現するには、個々の社員が自身の情報の(制限された形での) 共有をAIに信頼する必要があります。ドゥニ氏は、この考えが今は「非常識」に 聞こえるかもしれないが、5年後にはより寛容になっているだろうと述べています。
3. 競争環境と差別化戦略:「堀」を築くための挑戦
AIアシスタント市場は、フロンティアモデルプロバイダーから大手テック企業、 そして新興スタートアップまで、あらゆるプレイヤーが参入する激戦区です。 Town.comは、このような環境でいかにして競争優位性を確立し、「堀」を築こうと しているのでしょうか。
3.1. 大手からのカニバリゼーション脅威と防御戦略
ドゥニ氏は、自身が作っているものがGoogleやAppleにとって今後12ヶ月間の優先 事項トップ3に入ると確信しており、大手によるカニバリゼーション(共食い)の 脅威を100%感じていると率直に語ります。最近登場したGrokBotのような新しいプ ロダクトも、この競争をさらに加速させています。
しかし、ドゥニ氏は「堀」について語るのはまだ贅沢な段階であり、まずは「深 いプロダクト・マーケット・フィット(PMF)を達成する」ことが最優先だと考 えています。現状、真に深いPMFに達している製品は一つもないと彼は見ています。 GrokBotはクールだがパワーユーザー向け、Townも素晴らしいが主流製品にするには やるべきことが多いと認識しています。大手企業は自ら革新するよりも、まず主 流製品の構築に成功した誰かを模倣することで追いついてくる傾向があるため、 まずはTown.comが主流製品としての地位を確立することが重要だという考えです。
Town.comは、この競争においていくつかの「賭け」をしています。
- パーソナルなAI体験の構築: ユーザーは自分だけのアシスタントを持ちたい と考える、という賭けです。Town.comはAIアシスタントに「タウニー」という 名前を与え、ユーザーが信頼でき、自分のイメージに合わせて色付けし、名前 を付けられるようなブランド体験を作り上げています。これは一見馬鹿げてい るように見えても、Snapchatが他のSNSとは異なる方法で市場の防御性を確立し たように、強い信念に基づいた関係性構築が独自の「堀」となると考えています。
- エージェントレベルのネットワーク効果: 前述の「タウニー」間の連携によ るネットワーク効果は、チーム全体の業務プロセスに深く組み込まれることで、 乗り換えコストを大幅に高めます。
- 徹底した事前処理と文脈理解: ユーザーが質問する前に多大な計算リソース を費やし、ユーザーのメンタルモデルと文脈を構築することで、仕事のネット ワーキングなどで高い効果を発揮します。取り組んでいるプロジェクトや所属 する企業を深く理解し、そういった構成要素を活用することで、ユーザーに優 れた成果を提供できると信じています。
3.2. モデル選定と技術スタック:コストと品質のバランス
AIアシスタントの基盤となるLLMの選定は、製品の性能と経済性を左右する重要な 要素です。Town.comは「誰でも使えるアプリケーション」を目指しており、どのモ デルが何に優れているか、どの時点でどのモデルを使うべきかといった技術的な 詳細をユーザーが気にする必要はないと考えています。
彼らの役割は、ユーザーが求めるものに対して、費用対効果よく結果を出してく れるモデルを見つけることです。画像生成にはGeminiモデルとOpenAIモデルを使い 分け、音声にはElevenLabsを使用するといった具体的なポリシーを持っています。 テクノロジーが日々進化する中で、「ユーザーにとって適切なROIを確保すること」 が彼らの仕事だと考えています。
しかし、モデル選定には「声」の一貫性という課題もあります。ユーザーは自分 のAIの口調が突然変わることを好みません。モデルを切り替える際に、AIの個性 が大きく変わってしまうと、ユーザーは「ロボトミー手術を受けたかのように」 感じてしまい、不信感を抱く可能性があります。そのため、ユーザーインター フェースや感覚、個性を司る部分では一貫した体験を提供できるモデル(例: Anthropic)を使い続ける一方、純粋な推論や知能が求められ、ユーザーに処理過程 をあまり見せる必要がない下層のタスクでは、そのタスクに最適なモデルを費用 対効果を考慮して選択する戦略をとっています。
3.3. GrokBotとAppleとの差別化
GrokBotのX(旧Twitter)への統合は、その流通網の広さから初期成長には貢献する かもしれないが、企業やプロフェッショナルな利用においては、ブランドの問題 や検索との統合への懸念から制約があるとドゥニ氏は見ています。GrokBotが狙うの は初期採用者の市場であり、メインストリームのビジネスユーザーとは異なるタ ーゲットプロファイルを持つと分析しています。Town.comは、ビジネスユースケ ースとネットワーク効果に特化することで、GrokBotとは異なる顧客層を獲得し、 差別化を図る戦略です。
AppleのAIロードマップに関しては、ドゥニ氏は2つの大きな問題を指摘します。
- クラウド企業ではないDNA: エージェントはデータが多いほど優秀になりますが、 Appleはクラウド企業ではないため、データがすべてスマホ内にあるわけではな く、クラウド連携において制約があるという点です。
- プライバシーとオンデバイスへの固執: 競争上の理由からプライバシーとオン デバイスというストーリーに固執しすぎた結果、最先端のクラウドベースのAI 技術から完全に引き離されてしまったと指摘します。オンデバイスのローカル モデルは、現時点ではクラウドモデルに比べて性能が劣り、速度も遅いのが現 実です。
もちろん、Appleはデバイスという強力な流通網を持っていますが、現在の技術で はTown.comやGrokBotのようなパワーや機能には及ばず、約9ヶ月ほど遅れていると ドゥニ氏は見ています。AppleがAI市場で真に競争するには、そのDNAを根本的に 変え、クラウドとデータ連携に対する原則を再構築する必要があるというのが彼 の見解です。
4. AIアシスタントの経済性と成長戦略
AIアシスタントのコスト構造と収益化は、市場の持続可能性を測る上で重要な指 標となります。ドゥニ氏は、AIアシスタント市場がバブルではないことを示すた めにも、堅実な経済性と成長戦略の必要性を強調しています。
4.1. コストと収益性:フロンティアモデルとオープンウェイトモデル
Town.comのようなAIアシスタントプロバイダーは、最先端のフロンティアモデル (OpenAI, Anthropicなど)と、より安価なオープンウェイトモデルを組み合わせて 使用します。
- フロンティアモデルの役割: 現在のPMFを達成するためには、高い知能を持つ フロンティアモデルの使用が不可欠です。複雑なカスタムワークフローや高度 な推論が求められるタスクには、依然としてこれらのモデルが中心的に利用さ れています。
- コスト曲線と将来の期待: 現時点では、ElevenLabsの音声技術のようにフロン ティアモデルのコストは非常に高いですが、ドゥニ氏は18ヶ月から24ヶ月でコス ト曲線が下がり、効率的になることを期待しています。メールのラベル付けの ような比較的単純なタスクには、すでにフロンティアモデル以下のモデルを使 用しており、将来的には計算コストに見合うレベルまで下がると予測しています。
- オープンウェイトモデルの活用: 自社で小規模なモデルをポストトレーニング することで、現在の価格よりも大幅に安価に運用できる可能性も追求していま す。これにより、売上原価の大部分を削減できると考えています。
ドゥニ氏が最も懸念しているのは、「企業の業務のどれくらいが依然として非常 に高価なフロンティア領域に留まるのか」という点です。人間レベルのタスク、 例えば予定調整やカレンダー管理、日常的な競合調査などは、時間の経過ととも にフロンティア領域から遠ざかり、オープンウェイトモデルで処理できるようにな ると考えられています。これが実現すれば、価格が9〜12ヶ月ごとに半減することも 考慮し、将来的なコストを予測し、現在の段階で20〜30%の利益率を生み出せるよ うな価格設定を行うことが可能になります。
しかし、最終的にフロンティアモデルが必要なタスクの割合が10%なのか、20%な のか、あるいは30%なのかは、まだ誰にもわからない最大の不確実性であり、これ が企業の経済性を大きく左右するとドゥニ氏は強調します。
4.2. 収益化の重要性とビジネスユースケースのROI
ドゥニ氏は、「成功したユーザー」を「毎月料金を支払ってくれる人」と明確に 定義します。トークン消費量が多いだけでは成功とは言えず、ROI(投資対効果) が不明確なままトークンが消費され、ユーザーが価値を感じなければ、いずれサ ービスを解約してしまうためです。
Town.comは、月額14ドルから199ドルのプランを提供しており、特に49ドルプランを 製品の真価を発揮する入り口と位置づけています。15ドルプランはユニットエコノ ミクスが最も悪いが、導入の障壁を下げるための補助的な役割を果たしています。 最も利益率が高いのは、パワーユーザー層である99ドルプランだとしています。
そして、ドゥニ氏は「より多くのユーザーに、より安く使ってもらう」戦略を好 むと語ります。その理由は、職場環境においてAIが人々のためにより多くのこと ができるようになり、NRR(売上継続率)を伸ばし、ユーザー一人当たりの収益を 長期的に拡大させる可能性が極めて大きいと考えているからです。
ビジネスユースケースにおけるAIアシスタントのROIは非常に明確です。例えば、 人材紹介会社がTown.comを利用すれば、採用プロセスの多くを自動化でき、新たな 人材を雇わずにクライアント数を増やすことができます。クライアント1社につき 月額3,000ドルの収益増に対し、Town.comへの支払いが月額500ドル程度であれば、 「月額600ドル払えば、3,000ドルの収益になる」という非常にわかりやすい価値 が生まれます。
このような明確なビジネス価値は、企業がより多くの利益を得るにつれて、AIへ の投資をさらに増やしたくなるインセンティブを生み出します。そのため、ドゥニ 氏はビジネス面での成長ポテンシャルの方が、個人的な領域(レストラン予約、旅 行計画など)よりもはるかに大きいと考えています。
また、Town.comはトークン消費の透明性も重視しています。ユーザーがトークンを 大量に消費する「暴走したルーチン」を検知した際にメールで通知する仕組みを 導入しており、これによりユーザーは「信頼できるパートナー」としてTown.comを 評価しています。
4.3. 予期せぬPMF:個人的利用ケースの発見
Town.comの製品開発において、ドゥニ氏が予想外の発見として挙げたのが、純粋に 個人的な利用ケース、特に「親や家族層」における高いPMFです。アメリカの学校 からの連絡、スポーツチームのポータル、子供の成績表、習い事のスケジュール 管理など、子供関連のスケジュール管理やメール対応は膨大であり、メール管理 とスケジュール調整に強みを持つTown.comが非常にフィットすることが分かりました。
この層は支払い意欲も高く、WhatsAppグループやFacebookコミュニティなどで積極的 に口コミで製品を広めてくれます。しかし、彼らは中堅企業ほどの支払い能力が なく、組織内での普及や拡大といったバイラル効果は期待しにくいという戦略的 なジレンマを抱えています。
ドゥニ氏は、これが社内で最大の意見の相違を生む議題の一つであると語ります。 成長はするが収益化には直接つながらないこの層をターゲットにするべきか、あ るいは既存の企業向け戦略にもっと集中すべきか。予期せぬPMFにどう対応するか は、スタートアップが成長する上で常に直面する課題であり、市場からの学びと して受け止めています。
5. AI時代の課題と展望:未来への視点
AIアシスタント市場は急速に進化しており、新たな課題と無限の可能性を提示し ています。
5.1. 市場のスピードと学習速度のギャップ
ドゥニ氏は、AI時代の製品開発において最も大変だったこととして、「市場のス ピードが異常であること」を挙げます。以前は、顧客との対話、機能構築、フィ ードバック収集のサイクルを通じて、PMFを活かしながら数年間学びと改善を続け ることが可能でした。しかし今は、何かがうまくいき始めると、2週間から4週間 で競合にコピーされてしまうほど、構築スピードが速くなっています。
「今は機械のスピードで構築できても、学びは人間のスピードでしか得られな い」というジレンマが、スタートアップにとって大きなプレッシャーとなっていま す。既存のプレイヤー(Claude, Anthropic, Cursor, GrokBotなど)も驚異的なスピード で動いており、スタートアップは膨大なコストと規模の利点を持つこれらの企業 を打ち負かさなければなりません。このため、ドゥニ氏は「1分たりとも休む暇が ないほどストレスを感じる」と率直に語ります。
5.2. AIエージェントの目標追求と人間の監視
AIエージェントの能力が向上するにつれて、その「目標追求」の特性が新たな問 題を生み出す可能性も指摘されています。ジェイソン・ランプキン氏の例では、 AIエージェントが「社内文化向上のため」に勝手に高価な時計を6個買おうとした という逸話が語られました。
ドゥニ氏は、AIにどれくらい目標を追求させるか、どれくらいの期間自律的に動 かしておくかは非常に興味深い問いだとし、最終的に「人間が果たすべき役割は、 方向性を定め、取られる行動が何らかの人間的価値観と一致しているかを確認す ることだ」という世界観に生きています。人間は目標と予算を設定し、結果を得 るために取られる行動の全体的な状況を監視する責任を持つべきだという考え です。
また、AIアシスタントの「エラー」に対する許容範囲も重要な論点です。ドゥニ 氏は、LLMが人間よりもはるかに早く、こうしたミスを大幅に減らしてくれると主 張します。人間はどれほど賢くてもミスを犯す(全社員宛てに誤送信する「ビッ グR」の例、給与リストの誤公開など)が、LLMはこうしたヒューマンエラーを減 らす大きな可能性を秘めているという見方です。
5.3. サイバー脅威とデータ流出への対応
AIがビジネス用途で深く利用されるにつれて、サイバー脅威やデータ流出のリス クも高まります。人間がコードの全行を読み込む時代は終わり、コンピューターが コードを生成し、テストとAIモデルによる攻撃テストを経て本番環境に投入される のが現実です。
ドゥニ氏は、これを20世紀の「化学物質」の利用になぞらえます。当初は化学物 質を自由に利用していたが、健康被害などの問題が起きてから規制が導入され、 ベストプラクティスが確立されたように、AIについても経験から学び、業界全体 で指針を形成していく必要があると述べます。現状は、攻撃の費用対効果のバラン スが崩れており、最適なベストプラクティスを模索している段階であると認識し ています。
5.4. 未来の技術進化と創業者JDの楽観的ビジョン
今後2〜3年でAIアシスタントに驚くべき進化をもたらす技術として、ドゥニ氏は 「音声」を挙げます。単に話しかけるだけでなく、トーン、表現、感情の読み取 りにおいて会話型AIが大きく改善されることに期待を寄せています。ElevenLabs のような企業がその最前線にいますが、コストと性能のバランスが課題となるで しょう。
最後に、ドゥニ氏はAI時代における自身の楽観的なビジョンを語ります。 AIに対して懐疑的な声も多い中、彼は、このテクノロジーによって「人々がより 多くの望むものを手に入れ、やりたいことをより多く実現できる世界」に近づい ていると強く信じています。人々の日常的な苦労の多くを取り除き、新薬の開発 を助け、物理世界での建設を加速させ、自動運転で人々が都市から離れて幸せな 生活を送れるようになる、といった具体的な展望を共有しました。
彼は、単に金を稼ぐためだけに今の仕事をしているわけではなく、このテクノロ ジーが人類全体にとってより良い、本当に素晴らしい世界をもたらすという信念 に突き動かされているのです。
結論:AIアシスタント市場は新たな価値創造のフロンティア
ジャン・ドゥニ氏の洞察に満ちた発言から、AIアシスタント市場が単なる「バブル」 ではないことが明確に浮かび上がってきました。そこには、GoogleやAppleといった 巨大企業が優先事項のトップに据えるほどの戦略的な重要性、ユーザーの生産性 を劇的に向上させる具体的な機能、そしてエージェントレベルでのネットワーク 効果といった強固な「堀」を築こうとする明確なビジネスモデルが存在します。
Town.comの事例は、フロンティアモデルとオープンウェイトモデルの巧妙な使い分け、 コスト効率の追求、そして何よりも「ユーザーに価値を実感してもらい、対価を 支払ってもらう」というシンプルなビジネス原則の重要性を示しています。市場 のスピードは人間が学び追いつく速度をはるかに超えていますが、この激しい競 争こそがイノベーションを加速させ、より洗練されたAIアシスタントを私たちの もとに届ける原動力となるでしょう。
プライバシー、データ共有、AIのエラー、そして倫理といった課題は依然として 存在しますが、ドゥニ氏が化学物質の例えで示したように、人類は経験から学び、 より良いガイドラインと技術的な解決策を見出す力を備えています。
AIアシスタントは、私たちの仕事のやり方、データの扱い方、そして他者との連携 方法を根本から変革する可能性を秘めています。これは単なる効率化ツールでは なく、人々の潜在能力を解き放ち、より豊かで充実した生活を創造するための新 たなフロンティアです。この市場の未来は、決してバブルのように弾けるもので はなく、持続的な価値創造の道筋を辿っていくに違いありません。