AI時代のSaaSは死んだのか?アンドリーセン・ホロウィッツのAnish Acharyaが語る、ソフトウェア市場の真実と未来
現代社会において、AIはあらゆる産業の風景を再構築しつつあります。その中でも、特にビジネスソフトウェア、いわゆるSaaS(Software as a Service)の未来については、熱い議論が交わされています。「AIが既存のSaaSを破壊し尽くすのではないか?」という声が高まる一方で、その実像はもっと複雑で多層的です。
Andreessen Horowitz(a16z)のゼネラルパートナーとして、消費者向けおよびフィンテック投資をリードするAnish Acharya氏は、この「SaaSアポカリプス」とも呼ばれる議論に対し、独自の、そして説得力のある見解を示しています。本記事では、Acharya氏が語るAI時代のSaaS市場の現状、具体的な変化、投資戦略、そして未来の展望について、深く掘り下げていきます。
「SaaSアポカリプス」は誤った物語:AIは既存SaaSの再構築に使うべきではない
Acharya氏は、AIが既存のSaaS市場に壊滅的な影響をもたらすという一般的な見方、すなわち「SaaSアポカリプス」や「ソフトウェアの過剰販売」という物語は「全くもって間違っている(flat wrong)」と強く主張します。彼は、この見方が市場を過剰に悲観的に捉えすぎていると指摘します。
Acharya氏がこの見解を支持する根拠はいくつかあります。まず、企業がITに費やす支出は、企業全体の支出のわずか8%から12%に過ぎません。ERP(企業資源計画)、給与管理、CRM(顧客関係管理)といった基幹システムを、AIを用いてゼロから再構築することは、確かに技術的には可能かもしれません。しかし、Acharya氏はこの行為を「イノベーションのバズーカ(innovation bazooka)」を、すでに構築され機能しているもの、つまり「給与計算やERP、CRMの再構築」というあまりにも限定的な目的に向けるようなものだと批判します。
AIモデルが持つ本来の破壊的な力は、既存のシステムを書き直すことではなく、企業の核となる競争優位性を拡大したり、IT支出以外の残りの90%の領域(例えば、製造プロセス、サプライチェーン、顧客体験など)を最適化したりすることにこそ使われるべきだというのが彼の考えです。この視点は、AIが既存のソフトウェアを単に置き換えるのではなく、新たな価値創造の触媒となるという、より広範な可能性を示唆しています。
さらに、SaaS市場の健全性を示すデータも存在します。ChatGPTのリリース以降、公開市場に上場しているSaaS企業の75%が平均で8%から12%、中には25%以上もの価格引き上げを行っています。価格は製品と市場の適合度(Product Market Fit)を測る重要な指標であり、激しい競争環境下では通常、企業は価格を値下げしようとします。にもかかわらず価格が上昇しているという事実は、SaaS企業が依然として強力な市場ポジションと価値提供能力を保持していることを示唆しています。
また、Acharya氏はServiceNowのような既存の大手企業が、IBMのような過去の巨人とは異なり、「非常に有能な現職企業(highly capable incumbent)」であると評価します。ServiceNowは上場後もガイダンスを引き上げており、これは既存企業が新たなテクノロジーを自社のワークフローに組み込み、進化する能力を持っていることの証左です。もちろん、AIによるディスラプションは避けられないでしょう。特に、シート数ベースの価格設定から成果ベースの価格設定への移行は、一部のSaaS企業にとって大きな課題となる可能性があります。しかし、Acharya氏は、大半のSaaSにとって、AIによる再構築(「vibecoded」と表現)にはごくわずかなメリットしかない一方で、多くのデメリットが伴うため、その必要性は低いと結論付けています。
AIがSaaS市場にもたらす具体的な変化:スイッチングコストの劇的な低下
Acharya氏が指摘するAI時代のSaaS市場における最も重要な変化の一つは、「あるSaaSプロバイダーから別のプロバイダーへの移行コストが劇的に低下する」という点です。これは、企業におけるシステム統合の概念を根本から変えうるものです。
Alex Rampel氏(a16zのパートナー)の有名な言葉に「一部の企業は顧客ではなく人質を抱えている(some companies have hostages, not customers)」というものがあります。この言葉が示すように、従来のエンタープライズソフトウェア、例えばSAPのようなシステムは、一度導入すればその複雑性と移行の困難さゆえに、企業はそのベンダーから事実上「人質」にされていました。SAPからOracleのような競合システムへの移行は、数年かかる大規模なプロジェクトであり、極めて高いリスクを伴い、失敗すれば担当者が解雇される可能性すらありました。このような状況では、既存ベンダーは最低限のサービスを提供し続けるだけで事足りていました。
しかし、AIベースの「コーディングエージェント(coding agents)」の登場は、この状況を一変させます。コーディングエージェントは、異なるシステムの間のデータ移行、APIの統合、カスタムコードの生成といった複雑なタスクを、より迅速かつ低リスクで実行できるようになります。これにより、SAPからOracleへの移行といった、これまで想像もできなかったような大規模なシステム移行の複雑性が劇的に軽減されるのです。
Acharya氏は、この変化がエンタープライズソフトウェア市場、特に公開企業に大きな影響を与えると予測します。スイッチングコストの低下は、顧客がより自由にSaaSプロバイダーを選択できることを意味し、企業は顧客を維持するために、より優れた製品とサービスを提供し続けるインセンティブを得ます。これは「顧客ではなく人質」という状況を解消し、エコシステム全体にとって健全な競争とイノベーションを促進する「ポジティブなインセンティブ」となるでしょう。
既存企業とスタートアップの勝者:ディストリビューション対イノベーション
AI時代の競争において「誰が勝者となるのか」という問いは常に中心的なテーマです。Alex Rampel氏は、この問題を「現職企業はスタートアップがディストリビューションを獲得する前にイノベーションを獲得するか、それともスタートアップがディストリビューションを獲得するか」という問いに集約します。つまり、既存の大企業がその巨大な顧客基盤(ディストリビューション)を活かしてAIイノベーションを取り込むのか、それとも俊敏なスタートアップが画期的なAI技術で市場を席巻するのか、という構図です。
Acharya氏は歴史的教訓を引用し、この問いに答えます。過去のプロダクトサイクルを振り返ると、有能な現職企業は通常、既存のカテゴリーにおいて自社製品をより良くすることに注力してきました。例えば、Microsoftはこれまで以上に優れたWordプロセッサを開発し、Googleはより効率的な検索エンジンを提供し続けています。AI時代においても、AdobeがPhotoshopやIllustratorをより強力なツールにする可能性は高いでしょう。
しかし、真の機会は、プロダクトサイクル以前には存在しなかった「AIネイティブな新しいカテゴリ」にあります。Acharya氏は「ソフトウェア映画」や「AI映画制作」といったカテゴリを例に挙げます。これらは以前は存在しなかった領域であり、既存企業には既得権益がありません。このような新しい領域こそが、スタートアップが独自に所有し、市場を創造するチャンスです。AIネイティブな企業が、この未開拓のフロンティアを制覇する可能性が高いとAcharya氏は見ています。
アプリケーション層の価値と基盤モデルの多極化
AIの台頭に伴い、「基盤モデル(Foundation Models)が最も価値を創造するのか、それともそれを活用するアプリケーション層(Application Layer)が優位に立つのか」という議論が活発に行われています。Acharya氏は、アプリケーション層が創造する価値は過小評価されていると指摘します。
2022年から2023年初頭にかけては、OpenAIが基盤モデルの分野で他社を大きくリードしており、もしこの状況が続いていれば、OpenAIは革新的なエコシステムにおける「唯一のサプライヤー」として、非常に強力な交渉力を持つことになっていたでしょう。Acharya氏はこれを、音楽業界で「ビートルズ」を独占する唯一のレコードレーベルのような状況だと例え、OpenAIが下流の企業から顧客の粗利益の99%以上、あるいは100%以上を徴収するようなリスクがあったと説明します。
しかし、現実には状況は変化しました。現在では、OpenAIだけでなく、AnthropicのClaude、GoogleのGemini、さらには多数のオープンソースモデルなど、多くの基盤モデルプロバイダーが存在し、それぞれがほぼ同等のペースで革新を進めています。Acharya氏によれば、これらのモデルの80%は「代替品」として機能し、残りの20%においてそれぞれの「専門性」を発揮しています。このようにマルチモデル(多基盤モデル)の世界が到来したことで、あるユースケースでは代替可能でありながら、別のユースケースでは専門性を持つモデルが共存する状況が生まれています。
このマルチモデル環境において、大きな価値を持つのが「アグリゲーション層」、すなわちアプリケーション(アプリ)企業です。アプリ企業は、複数の基盤モデルを統合・調整し、ユーザーに統一された体験を提供することで価値を創造します。
Acharya氏はこの点を、具体的な二つのカテゴリで説明します。
コーディングツール:
- 現在、Google Geminiはフロントエンドのコード生成に優れている一方、Codex(OpenAIのモデル)はバックエンドのコード生成に強みを持っています。
- 開発者がプロジェクト全体を効率的にコーディングしようとすれば、これら両方のモデルを使い分ける必要が出てきます。しかし、複数のCLI(コマンドラインインターフェース)を頻繁に切り替えるのは非効率で手間がかかります。
- そこで「Cursor」のようなアプリが価値を発揮します。Cursorは、これらの異なるモデルを単一のインターフェースでオーケストレーション(統合・調整)することで、開発者にとっての利用価値を大幅に高めます。
クリエイティブツール:
- 画像生成AIの世界でも同様の専門化が進んでいます。MidjourneyやCreaとそのCrea1モデルは、非常に「美的センスに富んだ(aesthetically opinionated)」画像を生成し、驚くほど美しいビジュアルを生み出します。
- 一方で、Idogのようなモデルはグラフィックデザイナーによく利用されますが、意図的に「美的センスに偏りがない(not opinionated)」デザインを生成します。これは、特定の美的方向性を持たず、多様なデザインニーズに対応できることを意味します。
- 大企業で働くクリエイターは、時に美しい写真画像を必要とし、時に特定のブランドガイドラインに沿ったグラフィックデザインを必要とします。このような多様なニーズに対応するためには、両タイプのモデルにアクセスできる必要があります。
- ここでも、異なるモデルの強みを統合し、ユーザーに提供するアプリ企業が不可欠となります。
このように、アプリケーション層は、基盤モデルの専門性と多様性を活用し、特定のユースケースやユーザーニーズに合わせた洗練された体験を提供することで、独自の価値を創造し続けるとAcharya氏は考えています。
AI製品の収益性と市場の誤解:野心と需要は供給を上回る
AI企業の収益の持続性については、多くの懸念が表明されています。例えば、「Cursorのようなコーディングツールは、Claude Codeのような競合製品に収益の半分を奪われるのではないか」という声があります。インタビュアーは、多くの人がClaude Codeに移行していると感じていると指摘します。
しかし、Acharya氏はこれに対し、AIに関する「誤った前提」が市場に存在すると反論します。それは、「効率性は向上するが、人間の野心と顧客数は固定されている」というものです。Acharya氏は、この前提がAIに関する多くの誤った予測、例えば「AIによって多くの雇用が失われる」といった議論につながっていると述べます。
彼の主張は、人間の野心(より多くのものを求める欲求)は常に、それを実現する手段の成長をはるかに上回るというものです。ソフトウェア市場においても同様に、ソフトウェアを開発し、消費したいという欲求と需要は、現在の供給能力を大幅に上回っています。Acharya氏は、CursorやClaude Codeのような製品は、それぞれ異なる開発者のタイプにフィットし、どちらも市場を獲得し、成長する余地があると見ています。クリエイティブツール市場も同様に専門化と細分化が進むでしょう。
Acharya氏は、開発者ツールの市場構造をUberやLyftのような「純粋な代替品」の市場ではなく、Amazon Web Services(AWS)やGoogle Cloudのような「寡占市場」に例えます。UberとLyftは、本質的に同じサービスを提供する純粋な代替品であり、激しい価格競争によって利益率が低下する傾向にあります。一方、クラウドサービスプロバイダーは、それぞれに専門性やエコシステムの強みを持ち、ある程度のマージンを維持しながら共存しています。Acharya氏は、基盤モデルを提供する企業はクラウド市場に近い状態であり、アプリケーション層では、リッチなIDE(統合開発環境)を通じてコードを消費したいユーザーと、より「メタルに近い(closer to the metal)」環境を好むユーザーという二つのタイプが存在し、それぞれのニーズに応える製品が共存すると予測します。これは、AWSとGoogle Cloudの関係のように、それぞれが異なる顧客層に価値を提供し、共存する市場の構図に近いと Acharya氏は分析しています。
投資戦略と競争の概念:急速な「分岐」とアプリ層への「侵食」
競争投資の再考
Andreessen Horowitzのような大手ベンチャーキャピタルにとって、直接競合する企業への投資は一般的に避けるべきとされてきました。なぜなら、同じリソース(例えばFortune 500の顧客や優秀なエンジニア)を巡って、投資先の企業同士が争うことになるため、ファームとして効果的なサポートを提供することが難しくなるからです。
しかし、Acharya氏はAI時代においては、この原則が変わりつつあると指摘します。彼は、市場が「非常に急速に分岐している(diverging very rapidly)」と述べています。つまり、今日では直接競合しているように見える企業でも、12ヶ月から18ヶ月後には、それぞれが独自の専門性や方向性を持つようになり、直接的な競合関係ではなくなっている可能性が高いという見方です。この急速な進化と分化のペースが、競争投資に対するVCのスタンスに変化をもたらしているのです。
モデルによるアプリ層への侵食という脅威
基盤モデルを提供する大手企業(OpenAI、Anthropic、Googleなど)が、自らアプリケーション層に進出し、既存のアプリ企業にとって脅威となる可能性は常に議論されています。例えば、OpenAIはChatGPTに会議録音・文字起こし機能を追加し、AnthropicはClaudeに法律関連の「アタッチメント」機能を提供しました。
Acharya氏は、この脅威に対し、Granola(会議録音・文字起こしサービス)の事例を引用して反論します。Granolaは会議録音と文字起こしのパイオニアであり、そのサービスは高く評価されていました。しかし、OpenAIがChatGPTで同様の機能を提供すると、多くの競合が生まれ、機能自体は「月にまでコピーされた(copied to the moon)」状態になりました。
ここでAcharya氏が強調するのは、Granolaのビジョンは単なる会議録音・文字起こし製品ではなく、「生産性スイート(productivity suite)」として、Word、Docs、スプレッドシートといった他の製品群を核となる機能の周りに構築することにあるという点です。Acharya氏は、モデル企業が「原始的な機能(primitive)」を再創造し、さらには「プロダクトマーケティング(product marketing)」(Claudeの法律アタッチメントのように)を行うことはあるものの、モデル企業には「その原始的な機能の周りに豊富な機能群を構築する(build all the feature surface around the primitive)」優先順位、リソース、そして野心があるか疑問を呈します。
モデル企業は多くの方向に野心を持っているため、特定の法律コミュニティ向けに「意見を持ったUI(opinionated UIs)」を構築する優先順位は低いでしょう。また、Acharya氏は、多くのカテゴリにおいて「マルチモデルであること(being multimodel)」が重要であると指摘します。OpenAIはOpenAIのモデルしか提供しませんし、AnthropicやGoogleも同様です。豊富な機能群を提供し、かつマルチモデルに対応できるのは、アプリ企業の強みであり、モデル企業はこれを簡単に侵食することはできないとAcharya氏は分析しています。
「Weird Wins」の時代:人間らしいAI製品が成功する鍵
以前、Acharya氏は「Boring Wins(退屈な勝利)」という言葉を使ってSaaS市場の重要性を表現していましたが、AI時代においてはその見解を撤回し、むしろ「Weird Wins(奇妙な勝利)」が成功の鍵となると述べます。
AIモデルの性質は、これまでのテクノロジーとは根本的に異なります。従来の技術が「定量的で、臨床的で、素晴らしいことができるが、感情の範囲が限定的」であったのに対し、AIモデルは「野生的で、予測不能で、感情的で、非常に人間的」な特性を持っています。しかし、この人間的な側面が、ときに大企業にとって「不快(uncomfortable)」な領域に踏み込むことがあります。人間体験には、不和、説得、セクシュアリティといった要素が含まれることがありますが、GoogleやAppleのような大企業は、このような要素が製品に表れることを防ぐための無数の委員会を持っています。
Acharya氏は、このような大企業が避けがちな「人間的だが奇妙な(weird)」領域こそが、スタートアップが真に繁栄できる「ポケット(pocket)」であると指摘します。AIモデルが反映できる人間性の多くの側面に触れるような製品は、大企業が踏み込みにくい領域であるため、スタートアップにとって大きなチャンスとなります。
AIコンパニオンシップの可能性
その具体的な例として、Acharya氏は「コンパニオンシップ(companionship)」製品を挙げます。Replika、Janitor、CharacterといったAIコンパニオン製品は、ユーザーから好評を得ている一方で、開発するラボにとっては「少し不快」に感じられる側面もあると述べられています。しかし、Acharya氏はこれらの製品が、人間とテクノロジーの間での友情を促進し、これまで人間が他の人と探索する機会がなかったような自己の側面や人間関係を探索する「出口(outlet)」を提供すると評価します。特に、富裕層や教育を受けた人々がセラピーや哲学的な会話、あるいは精神的な支えを求める一方で、社会の大多数の人々にはそのような出口が不足している現状において、AIコンパニオンは重要な役割を果たす可能性があると Acharya氏は見ています。
Acharya氏自身も、Minecraftをプレイする息子向けの「文脈に応じたコンパニオン(contextual companion)」のアイデアを「スタートアップへの要望(request for startup)」として提示します。これは、AIが息子と一緒にMinecraftをプレイし、ポジティブで社会的な行動をモデル化し、同時に「クールでチルな(cool and chill)」存在として機能するというものです。これにより、AIは単なる遊び相手ではなく、教育的な役割も果たし、人間関係の学びの場を提供できると彼は考えています。
また、高齢者の孤独解消にもAIコンパニオンは応用可能です。直接的な「ベビーシッター」のようなAIは自尊心を傷つけるかもしれませんが、薬の服用を促したり、一日の出来事を尋ねたり、あるいは第二次世界大戦について話したりといった「間接的な文脈」を持つAIコンパニオンは、高齢者に精神的な充足感を提供できると Acharya氏は語ります。これらの「Weird Products」は、人間の根源的なニーズに応えることで、大きな市場を形成する可能性を秘めているのです。
AI時代のUIパラダイムの変化:時間短縮 vs 時間消費
AIが普及する世界において、ユーザーインターフェース(UI)のパラダイムはどのように変化するのでしょうか。「すべてが音声ベースになる」という見方もあれば、「チャットUIが主流になる」という予測もあります。Acharya氏はこの点についても、慎重な見方を示します。
彼は、音声UIはエンタープライズ分野では非常に有望であるとしながらも、コンシューマー分野においては「ダイナミックUI」と「チャットUI」が過大評価されている可能性を指摘します。この考えの背後には、ReplikaとWabbyの創設者であるEugenia Kuyda氏の洞察があります。Kuyda氏は、「多くの人々は時間を節約したいのではなく、時間を使いたい(most people don't want to save time they want to spend time)」と考えています。
Sam AltmanやElon Muskのような、極めて高い「エージェンシー(high agency)」を持つ人々にとって、最適なUIはチャットボックスかもしれません。彼らは何を求めているか明確であり、それをAIに伝えることで即座に結果を得たいと考えます。しかし、多くの人々は、自分が何を求めているか必ずしも明確ではなく、単に「時間を過ごしたい」と思っています。彼らは「ブラウズベースのインターフェース(browse-based interface)」を好み、発見や探索のプロセスを楽しみたいのです。Acharya氏は、このようなブラウズベースのインターフェースは、AI時代においても大きく変わらずに残り続けるだろうと予測します。インテントベースの(意図を明確に伝える)UIの未来がチャットである可能性は認めつつも、その普及度合いには依然として懐疑的です。
この視点は、AIが人々の生活にどのように統合されるかという深い理解に基づいています。単なる効率化ツールとしてだけでなく、人々が時間を費やし、探索し、交流する場としてAIが機能する可能性を示唆しています。
防衛性(Moat)と収益性の再考:ライブデータと高単価ユーザー
AI時代において、「防衛性(moat)」や「スイッチングコスト」「収益の耐久性」といった従来のビジネスにおける概念は、どのように変化するのでしょうか。Acharya氏は、従来の防衛性が依然として重要であると同時に、新しい形の防衛性が生まれつつあると指摘します。
ネットワーク効果の持続性とシステム・オブ・レコードの堅牢性
Acharya氏は、ネットワーク効果を持つ製品(例:Airbnb)は依然として「ゴールドスタンダード(gold standard)」であり、AIによって簡単に代替されるものではないと強調します。AIによる「vibecoding」がどれだけ進歩しても、Airbnbのような強力なネットワーク効果を持つプラットフォームは、その価値を維持し続けるでしょう。
また、企業の「システム・オブ・レコード(systems of record)」、例えば銀行の基幹システムのように、1秒あたり数千ものトランザクションを処理し、数百人の人間が日常的に関与し、極めて高い精度が要求されるシステムは、引き続き強固な防衛性を持つと Acharya氏は考えます。一方で、オンプレミスのデータベースで、ユーザーとのエンゲージメント層がなく、人間のワークフローがほとんど構築されていないシステムは、AIによるディスラプションのリスクにさらされる可能性があります。
独自のライブデータセットという新しい防衛性
Acharya氏は、かつては懐疑的に見ていた「データネットワーク効果」が、AI時代には「独自のライブデータセット(proprietary and live data sets)」という形で強力な防衛性を持つようになったと語ります。例えば、個人の健康データのように、常に変化し、固有の情報を内包するデータは、その所有者に大きな競争優位性をもたらします。このようなデータにアクセスできる企業は、比較的コモディティ化されたモデルを使用しても、独自のライブデータにアクセスできない最新鋭のモデルよりもはるかに優れた結果を出すことができます。この「ライブデータ」という概念が、AI時代における新しい防衛性の形として非常に重要であると Acharya氏は強調します。
AI時代のマージンとパワーユーザーの価値
「マージンが重要である」という考え方は、ビジネスの基本中の基本です。しかし、Acharya氏はAI時代において、マージンの概念にニュアンスが加わったと指摘します。
彼は、2021年の「スーパーヒートした市場」における歪みと、今日の歪みを比較します。2021年には、多くのフィンテック企業がベンチャーキャピタルから得た資金の多くをGoogleやFacebookの広告費に費やしていました。Acharya氏はこれを、スタートアップにとっての「空のカロリー(empty calories)」と表現します。つまり、見かけ上の成長を促すものの、長期的な健全性には寄与しない補助金のようなものでした。
一方で、今日AIネイティブ企業で起きている歪みは、「ゼロマージンまたはマイナスの粗利益による、ユーザーが製品を試すためのクレジット」という形をとります。これは一見するとマージンを悪化させる要因ですが、Acharya氏はこれを企業にとって「非常に健康的なカロリー(very healthy calories)」と評価します。なぜなら、この初期投資によって、高額を支払う「パワーユーザー(power users)」へと顧客が転換し、その顧客獲得コスト(CAC)が賢明な投資となるからです。
Acharya氏は、パワーユーザーの価値がこれまで以上に高まっていると指摘します。Spotifyのような欧州の優れた企業でも、最も高音質な音楽、ポッドキャスト、ビデオ、家族プランといった最高のサービスでも月額20ドルから25ドル程度が価格の上限でした。しかし、AI時代では、Grok Heavyは月額300ドル、ChatGPTは月額200ドル、Gemini Ultraは月額250ドルといった価格設定が見られます。これは、パワーユーザーが従来の10倍以上もの高額な料金を支払っており、さらに消費量に応じた収益(consumption revenue)も上乗せされていることを意味します。そのため、Acharya氏は、パワーユーザーを獲得するための販売・マーケティング(S&M)コストは、非常に賢明な投資であると結論付けています。
投資チームがマージンを評価する際には、初期の「オーガニックトラフィック」や「無料トライアル」によるマージンコストをCACとして分離し、転換後の「パワーユーザーや有料ユーザーによる耐久性のあるマージン」を評価すべきだと Acharya氏はアドバイスします。これは、AI時代のビジネスモデルが、従来のSaaSとは異なる収益構造を持つことを示唆しています。
市場のバブル論への反論:供給を上回る需要と賢明な補助金
Acharya氏は、現在のAI市場が「バブルではない」と断言し、その見方を「バブルではない、そしてそれが良いことだ(it's not a bubble, and it's good that it is)」と表現します。彼がバブル論に異議を唱える理由は以下の三点です。
- 需要が供給を常に上回る成長: OpenAIの最近の投資発表によると、彼らは200億ドルのトップラインを達成しています。これは、供給能力を3倍に増やし、同時にトップラインも3倍に伸ばすことで実現されました。つまり、彼らが追加する供給能力(推論能力)は100%需要に吸収されており、市場では需要が供給を常に上回っている状態です。過去のいわゆる「バブル期」には、需要をはるかに超える供給が過剰に構築されることがよく見られましたが、現在のAI市場ではそのような状況は見られません。
- 価格の上昇: 顧客がAIサービスに支払う価格は上昇しています。これは、典型的な供給過剰から生じる価格競争や価格圧縮が見られないことを示しています。もし供給が需要を上回っていれば、価格は下落するはずですが、実際にはその逆が起こっているのです。
- インテリジェントな補助金: たとえ市場に何らかの補助金や歪みがあるとしても、それは「インテリジェントな補助金(intelligent subsidization)」であり、主にビッグテック企業やAIラボが支払っています。そして、この補助金は、消費者やスタートアップに利益をもたらしています。Acharya氏は「神の祝福だ(God bless)」と述べ、このような補助金は市場全体のイノベーションを促進する健全なものであると評価します。
これらの理由から、Acharya氏は現在のAI市場が、過去のバブルとは異なる、持続可能な成長フェーズにあると考えています。
労働力とAIの融合:人件費予算への支出移行と生産性の10倍向上
Rory O'Driscoll氏(ベンチャーキャピタリスト)は、「SaaS予算(企業支出の12%)から人件費予算への支出の移行」がAIの成功の鍵であると述べています。Acharya氏も、この移行がすでに始まっていると断言します。CH Robinsonのような企業が、この新しい技術から生産性向上をすでに享受している例を挙げ、「彼らがどうしてそうしないだろうか(How can they not?)」と問いかけます。
AIによる生産性向上は、単にコーディングエージェントや音声エージェントに留まりません。Acharya氏は、音声エージェントがエンタープライズ領域への「楔(wedge)」となり、特にカスタマーサポート、セールス、オペレーション、コレクションといった部門の機能統合に大きな影響を与えると指摘します。
従来、これらの機能は「サポート」が共感的で聞き上手な人材、「セールス」が饒舌でエネルギッシュな人材、というように異なる人間的特性(アーキタイプ)に基づいて組織化されてきました。しかし、AIモデルは「いつでもどちらの役割もこなす(be either of those people at any time)」ことができます。
最も洗練された企業は、サポート、セールス、コレクション、オペレーションといった部門を統合し、「CAC改善(顧客獲得コストの削減)」のような広範な目標に向けて取り組んでいます。Acharya氏は、この部門統合が、単にカスタマーサポートのコストを削減するよりもはるかに大きな、「生産性の10倍向上(10x on productivity)」をもたらすと予測しています。AIは、企業の組織構造と業務プロセスを根本から再構築し、人件費支出を最適化する新たな道を開くのです。
市場の定義と競争:産業と市場の区別、そして人間的直感の重要性
カスタマーサポート市場のように、50社以上のプロバイダーが数千万ドル規模の資金を調達している状況を見ると、「ピーター・ティールが言うように、競争は敗者のためであり、独占市場を目指すべきではないか?」という疑問が生じます。
Acharya氏は、この問いに対し「市場の定義(how do you define market?)」が重要であると反論します。彼は、多くの場合、私たちが「市場」と呼んでいるものが、実際には「産業(industry)」であると指摘します。
例えば、「法律業界」は5000億ドル規模の巨大な「インフラ産業」です。Acharya氏は「資本主義全体のインフラ(infrastructure for capitalism broadly)」である法律業界全体を1社が独占することは不可能であると述べ、法律業界がそうであるように、多数の専門分野を持つ企業が共存するだろうと予測します。
AIは、法律ソフトウェアの伝統的な市場規模である500億ドルを、5000億ドルにまで拡大させる可能性を秘めています。これは、AIネイティブな法律事務所の台頭や、弁護士の生産性劇的な向上によって実現されるでしょう。AIは、タスクの60%から80%を効率的にこなすことができますが、100%の自動化は極めて困難です。Acharya氏は「あなたは望むだけカスタマーサポートを自動化できるが、時には顧客をステーキディナーに連れて行かなければならない(Sometimes you gotta take the customer out for a steak dinner)」とユーモラスに述べ、人間の直感や感情的な交流が依然として不可欠であることを強調します。AIは人間からタスクを奪うのではなく、人間がより付加価値の高い、創造的な仕事に集中できるよう支援する存在であると Acharya氏は考えています。
TAM分析と投資段階:市場の過小評価と創業者の「慣性」
ベンチャー投資において、TAM(Total Addressable Market:獲得可能な最大市場規模)分析は重要な要素ですが、Acharya氏は、投資家は「市場の大きさを一貫して過小評価し、ゼロからイチへの道のりの容易さを一貫して過大評価する(consistently underestimate how big the markets are and consistently overestimate how easy it is to go from zero to one)」傾向があると指摘します。
Acharya氏自身はシリーズAの投資に注力しています。その理由は、プロダクトが出荷され、販売実績があることは「劇的なシグナル(dramatic signal)」であり、情報量、所有権、価格の点で最適なポイントであると考えているからです。シード段階では、製品も市場適合性もまだ確立されていないため、成功を予測するのが極めて困難です。
彼は、自身の経験から市場の大きさを過小評価した例として、GoogleとCredit Karmaを挙げます。Googleが買収された当時、Acharya氏は共同創業者に「株価はせいぜい10%か20%上がるくらいだろう」と語ったことを振り返ります。しかし、Googleはその当時よりもはるかに価値の高い企業へと成長しました。
より興味深いのは、Credit Karmaの事例です。この企業はアメリカ人向けに無料の信用スコアを提供するサービスとしてスタートしました。一見すると、信用スコアを年に数回しかチェックしない人が大半であり、市場規模は限定的に見えるかもしれません。しかし、Credit Karmaは1億人以上のアメリカ人に利用され、5000万人が毎四半期アクティブであり、平均して月に4回もログインしています。
なぜこのような成功を収めたのでしょうか。Acharya氏は、信用スコアが人々にとって「自分自身を客観的に評価する鏡(mirror that people like to look in and see how they're doing objectively as an adult)」として機能していると分析します。成績が良い人も悪い人も、自分の信用スコアを見て、自分の経済状況を客観的に把握することに満足感を得るのです。このような人間的な洞察が、当初の市場予測をはるかに超える巨大な市場を創造しました。
Acharya氏はこの経験から、投資における重要な教訓を得たと言います。「強大な創業者が市場で大きな非線形な進歩を遂げている場合、『慣性(inertia)』が最も強力なメンタルモデルとなる」と彼は語ります。つまり、成功している創業者は、その成功を継続させる可能性が高いと仮定し、その方向性にベットすべきだということです。目標を達成し続ける創業者には、ひたすらベットすべきであり、「過度に考えすぎるな(Don't overthink this shit)」というのが彼のシンプルな教訓です。
投資家の役割と創業者の質:真実を語り、製品を使え
「ひたすら正しくあれ」というMark Andreessenの教え
Acharya氏はAndreessen Horowitzでの自身の経験を振り返り、Mark Andreessenから得た最も印象的な教えを語ります。それは、「ひたすら正しくあれ(just be right a lot)」というものでした。Acharya氏が当初、「プロセスとは何か?」と尋ねたのに対し、Markはこの簡潔な言葉を述べました。Acharya氏は当初この答えに不満を感じましたが、最終的にはその意味を深く理解したと言います。つまり、投資家にとって最も重要なのは、なぜ、どのように正しいかではなく、一貫して正しい結果を出すこと、つまり「勝利し続けること」なのです。
Acharya氏は、Andreessen Horowitzで「ディールを失ったことは一度もない(I've never lost a deal)」と驚くべき発言をします。これは、彼がリスクを避けているからではなく、最も重要な企業に参加するためのプロセスを確立しているためです。過去の投資家との良好な関係など、克服が難しい既存の条件がある場合は別として、彼らは市場のすべてのディールを把握し、狙ったディールは必ず獲得するという強い意志を持っています。
創業者の「問題への真のつながり」と「Weirdness」の価値
Acharya氏は、創業者にとって最も重要な資質の一つとして、「直面する問題への真の、そして非合理的なつながり(authentic, irrational connection to the problem at hand)」を挙げます。スタートアップを立ち上げることは、そもそも少し「非合理な行為」であり、成功するためには「非合理的なまでに楽観的である」必要があります。同様に、取り組むドメインに対しても非合理的な興味を持っていることが重要です。なぜなら、市場は常に変化し、困難な時期も訪れるからです。問題への深い共感がなければ、困難を乗り越えることは難しいでしょう。
Acharya氏は、最高の創業者たちが必ずしも「洗練されたプレゼンター」である必要はないとも語ります。例えば、彼が投資したKoreaの創業者は、最初のミーティングに「お揃いの着物」を着て現れましたが、その深い技術理解と製品への情熱は、部屋中のVCを魅了しました。Acharya氏は、創業者は自分のドメインを深く理解し、本物であることで、成功できると信じています。
また、Acharya氏は「連続起業家」と「初心者」の異なる強みにも言及します。エンタープライズ分野では、同じドメインで起業経験のある連続起業家(例:Clutchの創業者たち)は、市場を熟知しているため「圧倒的な存在(formidable)」となり、「アルファ(alpha)」を生み出す大きな源となります。彼らは市場のショートカットを知っているのです。
一方で、コンシューマー分野においては、「初心者の心(beginner's mind)」と「恥をかくことへの高い意欲(high willingness to be embarrassed)」が競争優位になると Acharya氏は指摘します。多くのコンシューマー製品は、最初は「恥ずかしい」とか「バカげている」とか「真剣なものではない」と見なされがちです。しかし、若く、失うものが少ない初心者の起業家は、そのような批判を恐れずに、最も野心的で興味深いアイデアを追求できます。一度会社を売却し、成功を収めた起業家は、友人や恋人から「何に取り組んでいるの?」と聞かれたときに、「クール」に聞こえるものをやりたいというわずかな躊躇が、最高のアイデアを逃す原因になることもあると Acharya氏は語ります。
投資家が製品を使用することの重要性
Acharya氏が自身の投資スタイルで最も大きく変えたことの一つは、「製品をこれまで以上に頻繁に使うこと」だと述べます。5年、7年前のフィンテック投資では、例えば「中小企業向けファクタリングソリューション」のような製品の直感を掴むのは困難でした。実際に中小企業を立ち上げてファクタリングを試す、というのはあまりにも多くのステップが必要だったからです。
しかし、今日のAI製品サイクルでは、状況は異なります。毎日新しいモデルが登場する中で、Acharya氏は「毎日目覚めて、3つの新しいモデルがあれば、3つの新しいモデルを試す。実際に何かを作る」という高い基準を自分自身に課しています。この徹底した製品体験は、投資家にとって莫大な情報と直感を与え、成功には不可欠であると彼は強調します。しかし、残念ながら、ほとんどの投資家はこれを実践していないのが現状です。
投資パラダイムの変化と今後の展望:エージェントの現実、新しいTAM、そして「人間の経験のNPS」の向上
Acharya氏は、AIがもたらす変化は多岐にわたると同時に、多くの過剰な期待も生んでいると指摘します。
エージェントの過剰な期待と人間の役割
「自律型エージェントが、信じられないほど長い時間軸にわたってすべてをこなす」という極端な見方(エージェント・マキシマリスト)に対して、Acharya氏は懐疑的です。彼は、少なくとも例外処理においては人間の介入が必要であり、モデルは私たちが与える指示の品質に依存すると述べます。人間の指示はしばしば「苛立たしいほど曖昧(frustratingly vague)」であるため、AIエージェントの能力を最大限に引き出すには、人間が密接に関与し続ける必要があるのです。AIはタスクを自動化することで、人間がこれまで手が回らなかったより多くのタスクを実行できるようになる一方で、実行そのものが制約ではなくなることで、個人の、そして人類全体の「野心の円周(circumference of ambition)」が劇的に拡大すると Acharya氏は予測します。
PodiumのEric氏が述べた「エージェント・ファーストの世界で勝つには、ツール、ワークフロー、データを所有する必要がある」という意見に対し、Acharya氏は、ツール利用を通じてコアプロバイダーを利用する形も可能だとしつつも、曖昧性の低いビジネスプロセスアウトソーシング(BPOS)のような領域は、エージェントによる自動化に適していると述べます。しかし、ソフトウェア開発のように曖昧性の高い仕事では、人間が「ローカルな最適解」から「グローバルな最適解」へと飛躍するために、依然として直感が必要であると強調します。
オープンソース vs クローズドモデル:能力がコストに先行する時代
オープンソースモデルとクローズドモデルの競争は激化していますが、Acharya氏の見方では、現時点では「コスト最適化」が企業の主要な焦点ではないため、クローズドモデルが依然として有利です。オープンソースモデルはコストメリットを提供しますが、現在の企業はそれよりも「野心を実現する能力の最大化」に焦点を当てています。しかし、Kimmy K2のようなオープンモデルには、特定の製品特性(例えば、より制約の少ないテキスト生成)で魅力的な強みがあることも認めます。
クローズドモデルもコスト削減努力を続けており、GPT-4oのトークンコストはリリース以来100倍も低下しています。Acharya氏は、現時点では「モデルが良くなるにつれて、下流のプレイヤーがその能力を製品化し、価格を上げることが、コストの上昇を上回っている」状況であると指摘します。顧客は「安価な代替品」ではなく、「はるかに強力な能力」を求めているため、「安かろう悪かろう」という選択ではなく、より優れた能力に投資する傾向があるのです。AI製品はコストがかかるため、企業は早期に堅実なビジネスモデルを確立する必要があるという「ビジネスモデルの衛生(business model hygiene)」の必要性も強調します。
消費支出におけるソフトウェアの拡大
Acharya氏は、消費者の「裁量支出(discretionary spend)」において、ソフトウェアが80%から90%を占めるようになるという驚くべき予測をします。もちろん、家賃や食費といった非裁量支出は除外されますが、コンパニオンシップ、友情、エンターテイメント、セラピー、ヘルスケア、教育、専門能力開発といった幅広い領域において、ソフトウェアがその主要な担い手となることで、人々の生活に占めるソフトウェアの割合は劇的に増加するでしょう。彼は、「物事のコストを削減することはいったん忘れ、ソフトウェアが拡大する領域に目を向けよう」と語ります。
キングメイキングとVCの役割
特定のVCが「キングメイキング(king making)」、つまり有望なスタートアップを早期に特定し、その成功を保証できるかという問いに対し、Acharya氏は、VCは「触媒(catalyst)」にはなれるが、市場を歪めることはできないと答えます。YC(Y Combinator)のようなインキュベーターは、エンタープライズSaaSスタートアップにとって、他のYC企業への販売を容易にする「良い雰囲気(good vibes)」を提供し、大きなメリットをもたらします。Andreessen Horowitzも、小規模だが重要な製品を持つ企業をFortune 500企業に紹介することで支援しますが、最終的に顧客がその技術を購入するかどうかは、製品自体の優位性にかかっています。買い手は完璧な情報を持っているため、VCのブランド力は「信頼性のブートストラップ(bootstrap credibility)」にはなるものの、最良の製品、技術、市場開拓戦略がなければ、最終的な勝利は掴めません。
Acharya氏は、最高の創業者はVCを「最大限に活用する方法を知っている(maximally leverage)」と語ります。DeelのAlex氏のように、投資家だけでなく、VCファームの全チームを巻き込み、あらゆるリソースを引き出すことで、自身の成功を加速させるのです。
Andreessen Horowitzの文化とPMFへの教訓
自身の投資における「最も痛みを伴う損失」について問われたAcharya氏は、「ディールを失ったことはない」としながらも、自身の「誤り」として「プロダクトマーケットフィット(PMF)への過度な楽観視」を挙げます。特に2021年頃には、PMFがまだ確立されていないにもかかわらず、「スーパーに信用できる理論(super credible theory)」に基づいてPMFを仮定してしまったことがあったと言います。ゼロからイチへの道のりを過小評価するこの誤りは、彼にとって大きな教訓となりました。投資は「知的正直さ」を持って行われるべきであり、「うまくいっていると仮定して投資する」という自己欺瞞は避けるべきだと彼は強調します。
Andreessen Horowitzの内部文化についても言及し、彼らは「リターンに基づいてではなく、創業者からのフィードバックに基づいて評価される」という独自のGP 360レビューシステムを2年ごとに行っていると語ります。創業者が「真実を語り、現れ、仕事をし、レスポンスが早い」と評価すれば、会社の業績に関わらず「素晴らしい仕事をしている」と見なされます。もしそうでなければ、別の仕事を探すことになるという、この厳格なインセンティブ構造が、同ファームの独特な文化を形成しているのです。また、「ディールを見逃さないこと(see 100% of the deals)」と「狙ったディールは100%勝つこと(win 100% of the deals)」が期待されるという、高い基準も明言されています。
AIサイクルにおける変化とMoltbookの意義
過去のモバイルプロダクトサイクルでは、2008年、2009年の初期の勝者が、必ずしも最終的な勝者ではなかったと Acharya氏は振り返ります(FriendsterからFacebookへ)。しかし、今回のAIプロダクトサイクルでは、2023年、2024年の初期のリーダー(Harvey、Gamma、Replitなど)が、これまでのところそのリードを維持していることが興味深い変化だと彼は指摘します。
Acharya氏は、市場が現在、「チャット、クリエイティブツール、コード」といった既存市場における「初期のリーダー」が確立されつつある段階にあると分析します。そして、2026年には「AIネイティブな新しいカテゴリ」が多数出現すると予測します。Open ClawやMoltbookは、2年前には想像もできなかったようなアイデアの始まりに過ぎないのです。
Moltbookについて、Acharya氏は「非常にクールだ(so damn cool)」と表現します。これは「デジタルツイン」というアイデアが持つ意義に由来します。AIが、私たちの「デジタルな分身(digital twins)」や「エコー(echoes of ourselves)」となって、他のデジタルツインと交流する世界を想像させます。例えば、マッチングアプリの現状が「ひどい(mess)」であると指摘し、もし結婚していなかったら、自分のデジタルツインを訓練し、他の人のデジタルツインと「疑似デート(pseudo dates)」をさせ、相性の良い相手を推薦させるような世界も可能になると語ります。これは、わずか数年前にはサイエンスフィクションだったようなスケールで、人間関係を複製・拡張する可能性を示唆しています。Moltbookの「点(point)」は過大評価されているかもしれませんが、それが指し示す「方向性(slope)」は過小評価されていると彼は考えます。
Anish Acharyaが最も興奮すること:人間の経験のNPS向上
最後に、Anish Acharya氏が最も楽観的で興奮していることについて尋ねられた際、彼は個人的な洞察を共有します。長年超越瞑想(Transcendental Meditation)を実践してきた Acharya氏は、それが彼に与える「平和と喜び」に言及します。
彼がAIに最も期待するのは、この「平和と喜び」を誰もが享受できる可能性です。AIは、私たちの生活における「退屈な部分(wrote parts)」を多く取り除き、人々がより充実した人間関係を築き、より多くの自己実現の機会を得られるようにするでしょう。Acharya氏は、「人間の経験のNPS(Net Promoter Score、顧客推奨度)は、向上する方向にある(the NPS of the human experience is on the way up)」と述べ、これが彼にとって「仲間の人間(my fellow person)」のために最も興奮することだと結びます。
結論
Andreessen HorowitzのAnish Acharya氏が描くAI時代のSaaS市場は、悲観的な「SaaSアポカリプス」の物語とは大きく異なる、より複雑で、しかし楽観的な未来像です。AIは既存のSaaSを単に置き換えるのではなく、スイッチングコストを劇的に低下させ、新たなAIネイティブなカテゴリを創出し、アプリケーション層に新たな価値をもたらします。
「Weird Wins」の時代において、人間的なAI製品が成功する可能性が高まり、UIのパラダイムもユーザーの「時間消費」のニーズに合わせて進化するでしょう。防衛性や収益性の概念は再考され、独自のライブデータセットやパワーユーザーからの高単価収益が新たな価値を生み出します。市場はバブルではなく、需要が供給を上回り、賢明な補助金がイノベーションを後押ししています。
Acharya氏の視点は、AIが単なるツールに留まらず、人間の労働力、社会、そして個人的な経験そのものを豊かにする可能性を強く示唆しています。彼の洞察は、起業家、投資家、そして技術に関心のあるすべての人々にとって、AI時代の複雑な風景を理解し、その中で成功するための貴重な指針となるでしょう。AIの進化は、私たち自身の野心と可能性の限界を押し広げ、より充実した未来へと導く力を持っているのです。