連続起業家・宮田昇始氏が語る「2周目」スタートアップの真髄:PMFの「逆上がり理論」とドメインエキスパート採用の重要性
最新技術が次々と生まれ、ビジネスの形が刻々と変化する現代において、スタートアップの役割はますます重要になっています。しかし、その成功への道は決して平坦ではありません。多くの起業家がプロダクト・マーケット・フィット(PMF)の壁にぶつかり、人材採用に苦心し、市場の選択を誤る中で、散っていきます。
そんな厳しい世界で、連続して成功を収める起業家たちがいます。彼らは一度の成功体験から何を学び、2度目の挑戦でどのように進化しているのでしょうか。今回は、SmartHRをユニコーン企業へと導き、現在はNstockのCEOとして「スタートアップ業界を良くするスタートアップ」という新たなミッションを掲げる宮田昇始氏の貴重な洞察に迫ります。宮田氏がCoral Capitalの西村賢氏との対談で語った「2周目」の起業だからこそ見えた真実を、深く掘り下げてご紹介します。
導入:成功の軌跡と新たな挑戦
宮田昇始氏は、日本のスタートアップ界でその名を轟かせる連続起業家です。2013年に株式会社KUFUを創業し、2015年に人事労務SaaS「SmartHR」をリリース。その後、2017年には社名をSmartHRに変更し、2021年にはSeries Dラウンドで海外投資家を含む156億円もの資金調達を達成、見事ユニコーン企業へと成長させました。SmartHRは現在、ARR(年間経常収益)100億円を超え、昨年も50%の成長を続けるなど、日本のSaaSビジネスの模範とも言える成功を収めています。
しかし、宮田氏はSmartHRのCEOを退任し、新たな挑戦としてNstockのCEOに就任しました。Nstockは2年前に設立され、現在約35名のチームで「スタートアップ業界を良くするスタートアップ」をミッションに掲げています。具体的には、ストックオプションなど株式報酬の使い勝手を良くするSaaS事業、未上場スタートアップの株式を取引するセカンダリー事業、そしてスタートアップ成功者が次世代に再投資するエコシステムを強化する事業の3本柱で構成されています。
この驚くべきキャリアパスの中で、宮田氏が1回目と2回目の起業で「何がどう違ったのか」を9つの項目(プロダクト、採用、市場・顧客、組織・カルチャー、資本政策、マインドセット、マーケティング、EXIT、お金)にわたって語った内容は、全ての起業家、そして未来のイノベーターにとって示唆に富むものでした。特にプロダクト開発と採用に関する知見は、成功への新たな道筋を示しています。
セクション1: PMFの「逆上がり理論」:プロダクト開発の真実
プロダクト・マーケット・フィット(PMF)とは、スタートアップが市場に受け入れられる製品を提供し、持続的な成長を実現できる状態を指します。多くの起業家にとって、このPMF達成が最も重要であり、同時に最も困難な課題です。
1.1. SmartHRでの苦闘:PMFへの道は「両足トラベリング」
宮田氏はSmartHRを起業した際、PMFを達成するまでに「めちゃめちゃ大変だった」と振り返ります。最初の2年間で約10回ものピボット(事業転換)を繰り返したと言います。一般的なピボットが「片足だけを動かす」ような小さな方向転換だとすれば、当時の宮田氏の動きは「両足でコートを大きく移動するバスケットボールのトラベリング」のようなものだったと表現します。つまり、一つの領域に留まらず、次々と異なる課題に手を出し、プロダクトを開発しては失敗するという繰り返しでした。
この時期、宮田氏はユーザーヒアリングを重ね、様々なプロダクトを考えましたが、「この課題を解決すれば絶対にいける」という確信が持てるまで2年もの歳月を要しました。まさに暗闇の中を手探りで進むような、孤独で辛い道のりだったことがうかがえます。
1.2. 「逆上がり理論」の発見:PMFは感覚の習得
2回目の起業となるNstockでは、このPMFに対する宮田氏の認識が大きく変わりました。彼はPMFを「逆上がりの理論」や「補助輪なしの自転車を漕ぐ感覚」に例えます。初めて逆上がりや補助輪なしの自転車に挑戦するとき、誰もが何度も失敗し、うまく説明できない感覚的なバランスを必要とします。しかし、一度できるようになると、その動作は無意識に行えるようになり、もはや「どうやってやっているのか」を言葉で説明することは困難です。
この感覚的な習得こそが、PMFの真髄だと宮田氏は語ります。一度PMFできるプロダクトを作り上げた経験があると、次に何か課題を見つけたときに、それが「おM金になりそうか」という会話が、社内で自然と生まれるようになるのです。これは、ビジネスの普遍的な課題と、それを解決するプロダクトの潜在的な価値を、肌感覚で嗅ぎ分ける能力が身についたことを意味します。
Nstockのアイデアも、まさにこの「逆上がり理論」の応用から生まれました。SmartHRのCEOを退任後、次の事業を模索していた宮田氏は、SmartHRの社内Slackでストックオプションに関する新機能の議論スレッドが100件以上のコメントで盛り上がっていることに気づきました。この活発な議論を見て、「これは確実にお金になりそうな課題だ」と直感したのです。この課題は一見ニッチに見えるものの、その先に大きな市場の広がりがあることを見抜きました。
1.3. 市場選択の「落とし穴」と見極め方
市場の選択は、スタートアップの運命を左右する重要な決定です。どんなに優秀な起業家でも、その市場規模以上に大きなビジネスを築くことはできません。宮田氏は、市場選択における「落とし穴」として、以下の点を挙げます。
- ニッチ市場の罠: 入り口はニッチで参入しやすい市場に見えても、その先に大きな広がりがなければ、いずれ成長の限界に直面します。逆に、最初はニッチに見えても、その奥に普遍的な課題が潜んでおり、様々な市場へと展開できる可能性を秘めている場合もあります。
- SmartHRの例に学ぶ市場の広がり: SmartHRがターゲットとした「社会保険手続き」は、一見するとニッチな領域です。しかし、宮田氏は、この手続きが日本のどの企業でも必須であり、慢性的な人手不足という普遍的な課題に直結していることを見抜きました。社会保険手続きを効率化することで、企業の人事データベースを抑え、そこからタレントマネジメントや組織開発といったより大きなHR市場へとアクセスできるという広がりがあったのです。
- 市場規模の定量的評価: スタートアップが市場選択を行う上で、フェルミ推定のような手法で、狙う市場がどれくらいの規模になるのかを定量的に評価することが重要です。このビジネスが100億円規模になる可能性があるのか、10億円程度で頭打ちになるのか、それとも1億円にも満たないのか。この試算を初期段階で行うことで、将来的な事業成長のポテンシャルを見極めることができます。これは、投資家がスタートアップを評価する際にも重視するポイントです。
セクション2: 採用戦略の進化:Day1からの「プロ」の力
プロダクト開発と並んで、スタートアップの成否を分けるのが「人」です。特に、事業の核となるドメインエキスパートの採用は、プロダクトの質と開発効率に直結します。
2.1. SmartHR時代の「初期仕様の負債」とPMの不在
SmartHRの初期段階では、宮田氏自身がPMとしてプロダクト開発に関わっていました。しかし、彼は当時のことを「初期仕様の負債」に悩まされていたと語ります。ローンチ後も、本来あるべき機能が不足していたり、拡張性が低かったりする仕様の回収に、開発リソースの約3割が割かれていたというのです。これは「人が住んでいる木造アパートを、住人を住まわせたまま鉄筋コンクリートのマンションに建て替える」ような、非常に非効率で困難な作業に例えられます。ゼロから鉄筋コンクリートのマンションを建てる方が、はるかに効率的だったと宮田氏は振り返ります。
この問題の根源には、専門的なドメイン知識を持つプロフェッショナルの早期不在がありました。当時のSmartHRは、創業メンバーである宮田氏とエンジニアの内藤氏の2人で仕様策定を行っており、労務に関する深い知識は不足していました。結果的に、考慮漏れや後からの手戻りが多発し、開発チームの大きな負担となっていたのです。
2.2. Nstockでの教訓:ドメインエキスパートの早期採用
SmartHRでの苦い経験から、Nstockでは「Day1からのドメインエキスパート採用」を強く推奨し、自ら実践しました。Nstockの創業当初、メルカリで株式報酬の責任者を務めていた野瀬氏が宮田氏のブログ記事を見て応募してきました。宮田氏はこの出会いを即座に捉え、野瀬氏をドメインエキスパートとして迎え入れました。結果として、株式報酬という専門性の高い領域のプロダクト仕様を、専門家である野瀬氏に任せることができ、SmartHR時代に経験したような「初期仕様の負債」はほとんど発生しなかったと言います。
この早期採用のメリットは計り知れません。
- 高品質なプロダクトの設計: ドメインエキスパートが初期段階から関わることで、ユーザーの真のニーズを深く理解し、考慮漏れの少ない、堅牢なプロダクト設計が可能になります。
- 開発効率の向上: 手戻りや大規模な修正が減るため、開発チームは本来のミッションである新機能開発や技術改善に集中できます。
- 市場適合性の確保: プロの視点から市場の潜在的なニーズやトレンドを捉え、PMFへの最短ルートを追求できます。
2.3. ドメインエキスパートの探し方と「信用貯金」の威力
では、どのようにして優秀なドメインエキスパートを見つけ、採用するのでしょうか?宮田氏の経験からは、以下のヒントが得られます。
- 「旗を立てる」戦略: 宮田氏自身、SmartHRとNstockのいずれにおいても、自社のビジョンや事業内容について積極的にブログやSNSで発信していました。この「旗を立てる」行為が、その分野に深い知見と情熱を持つ人々、すなわちドメインエキスパートの目に留まり、自ら連絡を取ってくるきっかけとなったのです。彼らは「いつかこんなプロダクトを作りたい/使いたい」と考えていたところに、実際にそれを実現しようとしている宮田氏の存在を見つけ、居ても立ってもいられなくなったと言います。
- 「信用貯金」の重要性: SmartHRでの成功は、宮田氏にとって大きな「信用貯金」となりました。1回目の起業では、宮田氏自身がキャリアも何もない「あらくれ者」であり、初期メンバーも「スタートアップで一発逆転しかない」という荒々しい集団だったと振り返ります。彼らは事業の成長に引っ張られる形で能力を向上させていきました。しかし、2回目のNstockでは、SmartHRでの成功実績という信用力があったため、創業当初から経験豊富なドメインエキスパートや優秀なエンジニアが多数応募してきました。この信用貯金は、資金調達の面でも有利に働き、より難易度の高い領域への挑戦を可能にしました。
このことから、キャリアの浅い起業家も、まずは小さくても実績を積み上げ、自身のビジョンと活動を積極的に発信し続けることで、「信用貯金」を築き、将来的に優秀な人材を引き寄せる可能性が高まります。また、投資家にとっても、連続起業家は過去の実績からその手腕を信用しやすく、新たな挑戦に対しても投資をためらわない傾向があります。
結論: 連続起業家が切り拓く、未来のスタートアップエコシステム
宮田昇始氏の2度の起業経験から得られた知見は、スタートアップが成功するための普遍的な要素を浮き彫りにします。プロダクト開発においては、単なる機能の羅列ではなく、市場の真の課題に対する「逆上がり理論」的な感覚を養うことが重要です。そして、そのプロダクトを支える人材においては、単なる技術力だけでなく、事業ドメインの深い知見を持つ「プロ」をDay1から巻き込むことが、無駄な負債を回避し、効率的な成長を可能にします。
宮田氏がNstockで目指すのは、「スタートアップ業界を良くするスタートアップ」という、まさにエコシステム全体を底上げする壮大なミッションです。株式報酬SaaS、セカンダリー取引、再投資支援という3つの事業は、それぞれがスタートアップ界の抱える構造的な課題を解決し、より多くの才能と資金が新たなイノベーションへと向かう土壌を育みます。
彼の言葉は、これから起業を目指す人々や、既存の事業を次のフェーズへと進めたいと願う全てのビジネスパーソンに、深い洞察と具体的なアクションのヒントを与えてくれます。PMFの感覚を磨き、ドメインエキスパートの力を最大限に活用し、そして自らのビジョンを発信し続けること。それが、不確実性の高い現代において、成功を掴み取るための確かな羅針盤となるでしょう。
未来のイノベーションは、このような連続起業家の経験と知恵によって、さらに加速していくに違いありません。