Replit CEOが語るAI時代の教育と未来:若者が「異端者」であることの価値と、自己駆動型企業の夜明け
序論:激動のAI時代におけるパラダイムシフト
私たちは今、歴史上類を見ないほどの急速な変化の渦中にいます。人工知能(AI)の進化は、私たちの働き方、学び方、そして生き方そのものを根本から再定義しようとしています。この激動の時代において、既存の価値観やシステムは次々と揺さぶりを受け、未来を生き抜くために私たちに求められる能力や姿勢も大きく変わりつつあります。
そんな中、革新的な開発環境を提供するReplitのCEO、アムジャド・マサド氏は、AI時代における若者の役割、教育のあり方、そして企業の未来像について、極めて深い洞察に満ちた見解を述べています。彼の言葉は、単なる技術トレンドの解説に留まらず、社会全体のパラダイムシフトを予見し、私たちがこの変化の波をどのように乗りこなすべきかを示唆しています。本記事では、マサド氏のビジョンを深く掘り下げ、AIがもたらす教育、ビジネス、そして人間性の変革について、その重要性、具体的な機能、ビジネスへの影響、そして将来性を詳細に分析していきます。
第1章:AI時代における若者の役割再考:なぜ「異端者」が不可欠なのか
マサド氏は、AI時代における若者の「効用」を「深く根付いた信念に疑問を投げかけること」、すなわち「異端者であること」だと断言します。この主張は、今日の教育システム、特に大学が、その本質的な役割から逸脱しているという彼の強い危機感から生まれています。
完璧なAGI社会と「異質な存在」の問い
彼は、アーサー・C・クラークのSF小説『都市と星』(The City and the Stars)を引用し、若者の役割の重要性を強調します。この物語は、AGI(汎用人工知能)によって完全に管理された未来都市「ダイアスパル」を舞台にしています。そこでは、戦争も病気もなく、人々は不老不死であり、千年にもわたる芸術プロジェクトに時間を費やすなど、あらゆる人間的な問題が解決されています。しかし、この完璧な世界には、一つだけ「グリッチ」が存在します。それは、圧縮された記憶を持つ人々の中から、完全に「新しく生まれた」一人の青年が現れることです。
この青年は、既存の社会のルールや常識に全く囚われず、周囲の誰もが気にしなかった「都市の外には何があるのか?」「星々の向こうには何があるのか?」といった根本的な問いを投げかけ始めます。彼の存在は、秩序だった社会に混乱をもたらしますが、最終的には都市の真の姿と、その外に広がる広大な宇宙を発見する原動力となります。
マサド氏は、この物語を現代社会、特に今日の大学に重ね合わせます。現在の大学は、若者から「異質な思考」を打ち砕き、既存の知識や方法論を「正しいもの」として教え込む傾向があると言います。卒業し、良い仕事に就き、安定した人生を送るという、かつての「完璧な人生モデル」に若者を順応させようとします。しかし、マサド氏は、その「完璧な世界」はもはや存在しないと指摘します。多額の学費ローンを抱え、優れた成績で卒業しても、職を得られない現実は少なくありません。
創造性、好奇心を抑圧する現代教育への批判
マサド氏のこの批判は、現代の高等教育が抱える本質的な問題を浮き彫りにしています。標準化されたカリキュラム、試験による評価、そして画一的なキャリアパスへの誘導は、若者本来の好奇心や探求心、そして何よりも「問いを立てる力」を鈍らせる可能性があります。シリコンバレーでさえ、特定の思考様式や「モノカルチャー」が存在し、そこから生まれないアイデアが埋もれてしまうという盲点を抱えています。
AI時代において、私たちはAGIに問題解決を委ねる社会に近づくかもしれません。しかし、AGIが解決できない、あるいはそもそも認識できない問題、すなわち「正しい問いを立てること」こそが、人間の、特に若者の最も重要な役割となるでしょう。深く根付いた信念に疑問を投げかけ、既存の枠組みを破壊し、不可能と思われたことに挑戦する「異端者」の精神がなければ、社会は停滞し、真の進歩は望めません。
したがって、AI時代の若者の効用は、単に既存の知識を習得することではなく、むしろ「クリアな心」、つまり既成概念に囚われない「禅の心」や「第一原理思考」を持って、深く根付いた信念に疑問を呈し、新たな可能性を実験し、探求することにあるのです。これは、教育システムが若者から創造性を「打ち砕く」のではなく、むしろそれを「奨励する」方向へと転換する必要があることを意味しています。
第2章:未来を拓く教育の再定義:Replit Academyが目指すもの
マサド氏が描く未来の教育は、現在の大学教育が抱える問題を根本から解決し、AI時代に真に求められる人材を育成することを目指しています。それは、固定観念を打ち破り、個人の好奇心を最大限に尊重する、自由で実践的な学習環境です。
Masad氏が考える理想の教育体験:非処方箋的、自由な選択、プロジェクトベース学習
もし彼が18歳に戻って大学を選び直すとしたら、彼は「何を学ぶべきかについて指示的ではない(not prescriptive)」大学を選ぶと語ります。そこには多様な学習パスがあり、生徒は自分の興味を追求する自由を十分に与えられます。
象徴的な例として、彼はスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学卒業式でのスピーチを挙げます。ジョブズはリード大学を中退後も、興味のあるクラスに「ドロップイン」し続けました。その一つがカリグラフィーのクラスでした。当時はその知識が何の役に立つか分からなかったものの、後にMacintoshのユーザーインターフェースを開発する際、美しいフォントのデザインにこのカリグラフィーの知識が直接的に活かされました。
マサド氏はこのエピソードを引き合いに出し、現代社会が無用と見なしがちな「寄り道」や「放浪(meandering)」こそが、大学教育において最も価値のあるものだと主張します。それは、人生の方向性を変えるような、全く新しい発見と出会う機会を提供するからです。
「Premature Optimization」の罠と好奇心駆動型学習の重要性
マサド氏は、今日の教育がプロジェクトベース学習を「バズワード」と呼ぶことに異議を唱え、それが「標準であるべきだ」と語ります。学習したことの「効用」を知らないまま学ぶという考え方自体が、「非常に現代的な発明であり、非常に奇妙なこと」だと指摘します。統計学を学んでも、それがバスケットボールの分析や自身の他の興味にどう応用できるかを知らないのは、本来あるべき姿ではないのです。
彼は、「純粋な知識の追求」には全く動機付けられず、「何かを構築し、夢を達成するために、どんなスキルが得られるか」という実用的な動機付けを重視します。この視点は、今日の若者が直面するもう一つの課題、「Premature Optimization(早すぎる最適化)」への警鐘と繋がります。
プログラミングにおけるこの概念は、「最終的に無関係になるプログラムの最適化を始めること」を指し、「あらゆる悪の根源」とまで言われることがあります。マサド氏は、多くの若者が「早すぎる起業」に走る現状をこれに重ねます。友人たちが多額の資金を調達し、ユニコーン企業となるのを見て、羨望という「非常にネガティブな動機付け」に駆られ、まだ興味もないアイデアにコミットし、資金を調達してしまうのです。これは、まだ到達していない道筋のために「早すぎる最適化」をしてしまっている状態です。
マサド氏は、常に「好奇心」に立ち返ることを強調します。本当に人生を捧げたい、あるいは次の10年間を捧げたいと思えるアイデアを見つけたなら、それは避けようのないほどの「重力」を持ってあなたを引き寄せると言います。彼自身、Replitを「積極的に立ち上げようとしなかった」にもかかわらず、「それが自らスタートアップとして爆発した」と語ります。
彼はまた、VC(ベンチャーキャピタル)がスタンフォードの学生にアイデアがない段階で100万ドルもの資金を提供するような「略奪的な」現状にも懸念を表明します。若者がまだビジネスの知識も浅い段階で、契約に縛られ、資本構成が固定されてしまうことは、彼らの長期的な成長と探求の自由を奪いかねません。
AIが教育に与える影響:個別化された学習環境の実現可能性
この文脈で、AIは教育のあり方を劇的に変える可能性を秘めています。AIを活用すれば、個々の学生が自分の興味に基づいたプロジェクトを自由に選び、Pythonのクラスを取るのではなく、Pythonを使って何かを構築することで言語を習得するといった、個別化された学習環境が実現できます。
マサド氏は、AIがあれば、教師が個々の学生に合わせてカスタマイズされたシラバスや課題を与える必要はなくなり、学生は「許可され、励まされている」という自由と自信さえあれば良いと語ります。AIが個人の学習ペースやスタイルに合わせてコンテンツを生成し、フィードバックを提供することで、学生は自らの好奇心と情熱に従って、どこまでも深く探求できるようになるのです。これは、教育における教師の役割が、知識の伝達者から、学生の好奇心を刺激し、学習プロセスをサポートする「ガイド」へと変化することを意味します。
また、カリフォルニア大学バークレー校の事例が示唆するように、出席の義務がなく、学生が自らのスケジュールで仕事やプロジェクトに打ち込めるような柔軟な環境は、すでに多くの学生が実践している実態です。しかし、これがまだ「奨励されていない」現状に対し、Replit Academyのような取り組みは、学生が「サイドクエスト」に没頭し、一見風変わりに見えることでも、それが「超素晴らしい結果」を生む可能性を積極的に支援する環境を創造しようとしています。大学は、学生が持つ「クレイジーなアイデア」を隠す場所ではなく、むしろ「もっとやろう!」と応援し、リソースを提供する場所であるべきだというのです。
第3章:AIが変革する企業の未来:「自己駆動型企業」の到来
AIの進化は、教育システムだけでなく、企業の組織構造と運営方法にも革命的な変化をもたらすとマサド氏は予測します。過去に試みられ失敗した組織改革が、AIによって今、現実のものとなる可能性があります。
過去の組織改革の試みとその失敗の分析
シリコンバレーではこれまで、企業の組織構造を変革しようとする数多くの実験が行われてきました。例えば、「ホラクラシー」は、階層構造をなくし、権限を分散させることで、より柔軟で自律的な組織を目指しました。また、MediumやGitHubのような企業では、「マネージャーなし」の組織運営が試みられました。
しかし、マサド氏の指摘の通り、これらの試みは「華々しい形で失敗に終わった」ことが少なくありません。その理由は、多くの場合、人間のコミュニケーション、調整、意思決定といったプロセスが複雑すぎて、既存の技術ではその摩擦を解消できなかったことにあります。マネージャーをなくしても、その役割は他のメンバーに分散され、非効率性や混乱を招くことが多かったのです。
AIエージェントが果たす役割:組織の「接着剤」としての機能、官僚主義の解消
マサド氏は、これらの過去の失敗が「技術の問題」であったと喝破します。そして今、AIエージェントの登場により、状況は完全に変わったと断言します。彼は、AIエージェントが組織内の「接着剤」として機能し、これまで人間が行っていた官僚主義的な業務や調整作業を「舞台裏で機械が処理する目に見えないもの」にすることができると envision します。
これにより、従業員は真の自律性を持ち、最も興味があることに集中できるようになります。AIは、個々の貢献のインパクトを判断するのにも役立つかもしれません。Replit社内でも「自己駆動型企業(Self-driving company)」というアイデアを掲げ、いずれは会社自体が自律的に運営されることを目指して、組織運営の方法を変革していると言います。マサド氏は、この未来の組織像について「まだ完全に形成された考えではない」としながらも、変化が避けられないことを強く感じています。
AIによる自動化の範囲:コーディングから機械学習へ
AIによる自動化の波は、すでにプログラミングの世界に押し寄せています。Replit Agentの登場、そして「vi coding」という言葉が生まれる前から、AIエージェントはコーディング作業を可能にし、その分野を根本的に変えました。
マサド氏は、これと同様の変革が機械学習の分野でも起こると予測します。「vi research」や「auto research」と呼ぶこともできるこの動きは、AIが自ら機械学習の実験を行い、モデルを訓練し、研究を進める能力を持つことを示唆しています。彼自身、チェスに興味を持ったことからLLM(大規模言語モデル)を使ってチェスを解くプログラムを書き、モデルの訓練方法を学び、最終的にReplitの新しいビジネスラインに繋がる発見をした経験を語ります。これは、AIがML(機械学習)を実行できる「再帰的自己改善(RSI: Recursive Self-Improvement)」の概念に通じるものです。
この「vi research」の時代には、誰もが機械学習研究者になるか、あるいはデータを持つあらゆるビジネスオーナーが、特定の課題を解決するために独自のモデルを微調整できるようになるでしょう。これは、技術的な専門知識がなくても、データとAIツールを使ってイノベーションを起こせる可能性を広げます。
組織変革の加速:迅速な適応が不可欠な時代
マサド氏は、この変化が「あなたが思っているよりもはるかに速く」起こると警鐘を鳴らします。そして、「もしあなたが本質的にそれを理解していなければ、その変化に適応することは難しいだろう」と指摘します。過去のやり方を学び、それに固執することは、将来的に根本的な不利を生み出すでしょう。
AIエージェントによる企業の自動化と自律化は、組織内の意思決定プロセスを劇的に加速させ、人間の介在を最小限に抑えることで、かつてないほどの効率性と俊敏性を実現する可能性があります。これにより、企業は市場の変化や顧客のニーズに瞬時に対応し、継続的なイノベーションを生み出し続けることができるでしょう。
しかし、この変革は同時に、人間が組織内でどのような役割を果たすべきかという根本的な問いを突きつけます。AIがルーティンワークや調整業務を担う中で、人間はより創造的で、戦略的で、人間らしい役割に集中することが求められるでしょう。それは、AIにはできない「問いを立てる力」、共感、倫理的判断、そして複雑な人間関係の構築といった能力です。
第4章:シリコンバレーの倫理と文化:高信頼性社会が育む「良き人物」
マサド氏の議論は、単に技術や教育、ビジネスの変革に留まらず、人間性、倫理、そして社会のあり方という、より深いテーマにまで及んでいます。特に、シリコンバレーの「信頼」の文化が、どのようにして「良き人物」を育むのかという視点は示唆に富んでいます。
「信頼(Trust)」の価値:口約束の重み、迅速な意思決定と実行
マサad氏が地方政治でのボランティア経験を通じて得た最も興味深い洞察の一つは、「信頼の価値」です。地方政治の世界では、口頭での寄付の約束が実際に銀行口座に着金する確率は20%から50%程度と低いそうです。しかし、シリコンバレーでは、この確率は75%から100%に跳ね上がります。
この「信頼」の有無が、社会やビジネスの運営方法に劇的な違いをもたらします。資金が確実に手に入ると分かっていれば、企業は安心して事業を進め、約束の期日までに数週間分の進捗を達成できます。これにより、資金提供者の投資価値も高まります。逆に、信頼がなければ、不安やストレスから本来のミッションから外れた行動を取る可能性が出てきます。
マサド氏は、このシリコンバレーの「信頼」の文化を教育にも応用できると提唱します。つまり、「学生がやりたいことを信頼し、彼らが追いかけたい糸口を追うことを信頼する」ことです。シリコンバレーは、ユニークなアイデアや異なるやり方を持つ人が一般的に受け入れられ、許される場所です。もちろん、社会的なルールや倫理的な一線はありますが、基本的な信頼があれば、若者は自由に探求し、未来を築くことができると彼は信じています。
若者への信頼と「問題児」の可能性:建設的な破壊の奨励
教育現場では、常に「問題児(troublemakers)」への対応が課題となります。マーク・ザッカーバーグが開発した悪名高い「Facemash」のように、学生が物議を醸すようなものを構築する可能性もあります。しかし、マサド氏は、これを排除するのではなく、むしろ建設的な方向に導く機会と捉えます。
彼は、ゲーム『Roblox』を通じてプログラミングやハッキングを学び、政府機関に侵入して投獄されかけた若者の例を挙げます。このような才能を持つ若者を刑務所に送る代わりに、サイバーセキュリティの仕事や政府機関で働く機会を提供すべきだと主張します。実際、社会はサイバーセキュリティ人材を喉から手が出るほど求めており、ハッキングの才能を「境界線をテストする意欲」として健全な形で活用できる場所、例えば脆弱性を探すバウンティプログラムなどに導くべきだというのです。
Replit Academyのような場所では、成績やテストがないため、「反権威主義的な考え方」が生まれにくい環境を設計できます。これにより、「問題児」と呼ばれる行動が、より創造性と機会を生み出す方向に向けられる可能性が高まります。「Facemash」のようなものを構築したいのなら、「やればいい」というスタンスです。もちろん、人道的なレッドラインはありますが、ある程度の「寛容さ(permissiveness)」があれば、より多くの機会を創出できると彼は考えます。
この考え方は、「失敗から学ぶ」ことの重要性にも通じます。学生に自由に道を選ばせ、成功させ、失敗させ、そこから学ばせる機会を増やすことで、彼らは「判断力(discernment)」を養うことができます。これは、ルールやヒューリスティクスが文脈やケースバイケースで変化する現代において、非常に重要な能力です。
人間性、倫理、道徳の育成:シリコンバレーにおける「良い人であること」の価値
ピーター・ティールが大学中退を促すフェローシップを立ち上げた際、「大学は良い人間になる場所だ」という批判が寄せられました。しかし、マサド氏は、シリコンバレーが単なるキャリア志向の場所ではなく、むしろ「最も親切で、思慮深く、地に足の着いた人々」を輩出する場所でもあると主張します。もちろん、例外はいるものの、「ポジティブサム(Positive Sum)」「高信頼(High Trust)」のエコシステムは、「本当に素晴らしい人間を育む」と彼は信じているのです。
人間関係スキルは、Replit Academyの「絶対的な柱」であり、社会や世界に「ポジティブな影響を与える人物」を育成することをミッションとしています。シリコンバレーでは、「良い人である」という評判は非常に価値があり、人々は金銭や会社の運営において、そのような人物を信頼します。
マサド氏は、過去に一部で「自閉症的な天才」というロールプレイがもてはやされた時代があったことを認めつつも、「もはや通用しない」と語ります。シリコンバレーは「反逆児」ではなく、「確立された機関」となり、世界とのインターフェースを持ち、社会に対する責任を果たす必要があります。そのためには、技術コミュニティ内の言語だけでなく、より広い世界に自分の考えを伝え、理解を促すことができる、バランスの取れた大人が必要です。
彼自身、倫理と道徳について幅広く学び、最終的にアリストテレスの「徳倫理(Virtue Ethics)」に近い考えに至ったと述べています。「自分が誇れるような行動をする」という原則は、誰が見ていようといまいと、あるいは結果がどうなろうと変わらない指針となります。奇妙なことに、適切な原則を持っていれば、それは最終的に「効用を最大化する」ことにも繋がると彼は考えています。
しかし、変化の激しいAI時代において、硬直した原理原則は通用しません。また、「予測不可能な未来」に突入するシンギュラリティの時代においては、未来を予測することを前提とする「帰結主義的功利主義」も困難になります。マサド氏は、この「困難な時代」において、「時間とともに進化する原則」を持つこと、つまり「できるだけ公理的で小さい、揺るぎない根底の真実」を持ちながらも、それが時代に合わせて柔軟に変化することを許容する必要があると結論付けています。これは、普遍的な価値と、目の前の現実への適応力を両立させる、現代人に求められる高度な倫理的判断力を意味します。
第5章:未来を担う若者へのメッセージ:情熱と好奇心を深く追い求める
Replit CEO Amjad Masad氏の言葉は、AI時代に未来を切り拓く若者たちへの力強いメッセージに満ちています。それは、単なる技術的スキル習得の奨励ではなく、人間としての成長と、変化する世界に対する柔軟な姿勢を求めるものです。
若者に期待する資質:深く掘り下げる能力、好奇心の追求、粘り強さ
マサド氏が18歳から20歳の若者を見て、特に感銘を受けるのは、「何かを本当に深く掘り下げた経験」を持つ人物です。彼らは、語れる物語を持ち、マサド氏自身に何かを教えることができます。一つのことに深く没頭し、その糸口を最後まで追い続ける能力は、多くの人が欠いている資質だと彼は指摘します。
これは、たいていの人が簡単に飽きたり、伝統的な道を選んだりする中で、際立つ特性です。このような深掘りの能力は、「粘り強さ(persistence)」や「内発的動機(intrinsic motivation)」といった優れた人格特性も示しています。目先の報酬がなくても、自らの好奇心に従って何かを探求し続ける力は、AI時代において最も価値のある才能の一つとなるでしょう。
他者への敬意と人間関係スキル:技術力と人間力の両立
しかし、深い専門性や反骨精神だけでは不十分です。マサド氏は、他者への敬意と優れた人間関係スキル(interpersonal skills)の重要性も強調します。若く、聡明であるからといって、「周りの全員が馬鹿だ」と考えるのは容易ですが、それは孤立を招き、協力関係を築くことを困難にします。
「話を真剣に聞いている人々に敬意を払うこと」は非常に重要であり、そうでなければ誰もあなたと一緒にいたいとは思わないでしょう。技術的な「スパイク」(特定の分野で突出した能力)を持つことは重要ですが、同時に「好かれること(likable)」も大切です。それは、表面的なものではなく、本物で、本質的なものであるべきです。人々は、良い人間を応援したいと考えるからです。
最も魅力的な資質は、何か「難解で興味深いこと」について深く語り、周りを魅了できるオタク的な情熱と、同時に良好な人間関係を築けるバランスの取れた能力です。
「異端者」であることと「協調性」のバランス
マサド氏の言葉は、「異端者であること」と「協調性」という、一見すると相反する二つの資質を両立させることの重要性を示唆しています。彼は、「十分に反骨精神があり、面白いアイデアを持ち、既成概念にとらわれず、自身の好奇心に従うこと」を推奨します。しかし、「あまりにも反骨精神が強すぎて、誰とも協力できない、人を遠ざける人物」になってはいけないと釘を刺します。
つまり、社会をナビゲートし、人々と協力し、望む結果を得るための「広範な意味での従順さ」も必要だということです。年長者や既存のシステムに敬意を払いつつも、彼らが全てを解決したわけではないことを理解し、臆することなく変化を求める姿勢が求められます。Replitの会議室に「業界の偉人たちの名前」を冠しながら、「我々は過去を尊重するが、それを容赦なく変える」というメッセージを社員に伝えるマサド氏の姿勢は、このバランスの模範と言えるでしょう。
AIが人類の知性を拡張する時代において、若者には、単に既存の知識を吸収するだけでなく、それを疑い、再構築し、自身の情熱と好奇心に基づいて新たな領域を切り開く力が求められます。そして、その過程で得られた洞察や成果を、他者と協調し、社会に貢献する形で具現化する人間性もまた、不可欠な要素となるのです。
結論:人間中心で、創造的、自律的な未来への希望
Replit CEOアムジャド・マサド氏の深い洞察は、AI時代がもたらす変化が、単なる技術革新に留まらないことを鮮明に示しています。それは、教育のあり方、企業の組織構造、社会の価値観、そして私たち個人の生き方そのものの根本的な再構築を求める、壮大なパラダイムシフトです。
マサド氏が強調する「異端者」の精神、すなわち深く根付いた信念に疑問を投げかけ、新たな可能性を実験し、探求する姿勢は、AIが膨大なデータを処理し、最適解を導き出す中で、人間だけが持ちうる「正しい問いを立てる力」の重要性を浮き彫りにします。現在の画一的な教育システムがこの力を抑圧する傾向にあることを批判し、彼が提唱する「非処方箋的」「プロジェクトベース」「好奇心駆動型」の学習モデルは、AIが個別化された学習環境を可能にする未来において、若者が真の創造性を開花させるための鍵となるでしょう。
企業の未来においても、AIエージェントが官僚主義を解消し、従業員に真の自律性をもたらす「自己駆動型企業」のビジョンは、過去の組織改革の失敗を乗り越え、より人間中心で、効率的かつ柔軟な組織運営を実現する可能性を示唆しています。AIがコーディングから機械学習の研究までを自動化する中で、人間はより戦略的で、共感的で、倫理的な役割に集中できるようになるはずです。
そして、この変革の中心には、シリコンバレーの「信頼」の文化が育む「良き人物」の重要性があります。技術力だけでなく、他者への敬意、健全な人間関係スキル、そして「自分が誇れる行動をする」という徳倫理に根ざした価値観が、複雑で予測不可能な未来において、個人と社会が進むべき指針となります。問題児と呼ばれる才能も、排除するのではなく、建設的な方向に導き、社会の進歩に貢献させる。これは、AI時代における倫理的リーダーシップの新たな形と言えるでしょう。
マサド氏のビジョンは、私たちに「この激変の時代に、私たちはどのように学び、働き、生きるべきか」という根源的な問いを投げかけます。彼の言葉は、過去のやり方に固執することの危険性と同時に、好奇心と情熱を深く追い求め、変化を恐れず、しかし人間性を見失わないことの重要性を教えてくれます。AIの力を最大限に活用しつつ、人間本来の創造性、探求心、そして倫理観を育むことで、私たちはより豊かで、自律的で、そして希望に満ちた未来を築くことができるはずです。