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AIはインターネットを超えるか?テクノロジーの未来を解き明かす

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はじめに:AIの「見えている部分」と「見えていない部分」

世界は今、人工知能(AI)という技術の波に揺さぶられています。特にChat GPTのような生成AIの登場は、その存在感を誰もが認識するレベルにまで押し上げました。驚くべきことに、Chat GPTは毎週8億から9億人ものアクティブユーザーを抱えています。この数字は、AIが私たちの日常生活に深く浸透しつつあることを示唆しているかのようです。しかし、この巨大な数字の裏には、もう一つの興味深い現実が隠されています。Chat GPTを毎日何時間も使いこなしている人がいる一方で、その5倍もの人々が「AIとは何かを知り、アカウントを持ち、使い方も知っているにもかかわらず、今週や来週、それを使って何をすればいいのか思いつかない」と語るのです。

このギャップこそが、現在のAIが直面している本質的な課題を浮き彫りにしています。AIは本当にインターネットやスマートフォンを超えるほどのインパクトを持つのでしょうか?それとも、過度な期待と現実の間に大きな溝が存在するのでしょうか?本記事では、テクノロジーアナリストであるベネディクト氏のプレゼンテーション「AI Eats the World」の内容を深く掘り下げ、AIの現状、その具体的な機能、ビジネスへの影響、そして将来性を詳細かつ分かりやすく解説します。

「AI」の定義は常に変化する:新しさの宿命とAGIの夢

テクノロジーの世界では、時間の経過とともに言葉の意味合いが変化することがよくあります。「AI」という言葉もその一つです。ベネディクト氏は、「何かがしばらくの間存在すると、それはもはやAIではない」と指摘します。まるで「テクノロジー」という言葉自体が、常に新しいもの、最先端のものを指し示すように、AIもまた、データベースや以前の機械学習がそうであったように、やがては日常に溶け込み、特別な呼称を失う運命にあるのかもしれません。

現在の一般的な用法では、「AI」は「新しいもの」を意味し、「AGI(汎用人工知能)」は「新しくて恐ろしいもの」というニュアンスで捉えられています。AGIに関しては、その存在自体が大きな議論の的です。一部には「すでにここにある、単なる小さなソフトウェアに過ぎない」という見方がある一方で、「常に5年先にある」という懐疑的な意見も存在します。OpenAIのサム・アルトマン氏が「すでに博士号レベルの研究者がいる」と主張するのに対し、DeepMindのデミス・ハサビス氏が「いや、そんなことはない」と真っ向から否定するなど、AI研究の最前線にいる専門家間でも意見が対立しています。

この論争の根底にあるのは、テクノロジーの「物理的な限界」がどこにあるのか、私たちにはまだ理解できていないという事実です。インターネットやスマートフォンの登場時でさえ、私たちは将来の帯域幅やバッテリー寿命についてある程度の予測が可能でした。しかし、AIに関しては、なぜそれがこれほど効果的に機能するのか、その理論的な理解がまだ不足しており、どれほど性能が向上し得るのか、誰も明確に答えることができません。この不確実性が、AIへの過度な期待と、それがもたらす可能性のある「バブル」への懸念を生み出しているのです。

ベネディクト氏は、かつて新技術であったものが日常に溶け込む様を、マンハッタンのアパートのエレベーターの例で説明します。1950年代、オーティス社が自動エレベーターを導入した際、彼らはそれを「電子的な礼儀正しさ(electronic politeness)」を持つものとして売り出しました。しかし今日、私たちはエレベーターに乗る際に「自動エレベーターを使っている」とは言いません。それは単なる「リフト(昇降機)」として、私たちの生活の一部となっています。AIもまた、いずれは私たちの意識から「特別なもの」としての認識が薄れ、当たり前のインフラやツールの一部となる日が来るのかもしれません。

プラットフォームシフトの歴史からAIを読み解く

AIがもたらす変化の大きさを測る上で、過去のプラットフォームシフトの歴史を振り返ることは非常に有効です。ベネディクト氏は、AIが「単なるプラットフォームシフト」なのか、それとも「それ以上のもの」なのかという問いを投げかけます。過去のプラットフォームシフト、例えばPC、ウェブ、スマートフォンの登場は、技術業界の内部に大きな変化をもたらしました。勝者と敗者が生まれ、かつての支配的な企業が関連性を失い、新たな億・兆ドル企業が誕生しました。

しかし、その影響は技術業界に留まりません。産業全体に与える影響は様々でした。新聞業界のように、インターネットの登場によって過去30年間で劇的な変化を余儀なくされた業界もあれば、セメント業界のように、インターネットが「便利なツール」として機能しただけで、その産業の本質を大きく変えるには至らなかった業界もあります。

ベネディクト氏は、AIを「インターネットやスマートフォンと同じくらい大きなものだが、それ以上ではない」と表現した際に、YouTubeのコメント欄で「この男はAIの本当の大きさを理解していない」という反論が多数寄せられたエピソードを紹介し、AIに対する人々の熱狂的な期待の高さを示します。しかし、インターネットやスマートフォンもまた、登場時にはその真のインパクトを誰もが予測できたわけではありません。

モバイル革命を例にとると、確かにUberやSnapchat、Instagram、WhatsAppのような数十億ドル規模の企業が生まれました。しかし、FacebookやGoogleといった既存の巨大企業が、モバイルの価値の大部分を吸収し、さらに成長したという側面もあります。これは、モバイルが「持続的イノベーション」であったという見方もできます。AIは、新たな企業(OpenAI、Anthropicなど)に大きな利益をもたらすのか、それともMicrosoft、Google、Metaといった既存のハイパースケーラーがその利益の大部分を享受するのか、という議論はまさにこの文脈から生まれています。

モバイルは、私たちをウェブからアプリへと移行させ、世界中の人々にポケットに入るコンピューター(スマートフォン)を届けました。現在、地球上には10億台未満の消費者向けPCに対し、50億から60億台ものスマートフォンが存在します。TikTokやオンラインデーティングといった、モバイルがなければ不可能だったサービスが数多く生まれ、消費者の行動様式や情報へのアクセス方法を根本的に変えました。Metaが今日のような巨大企業になれたのも、モバイルの存在なくしてはあり得なかったでしょう。

プラットフォームシフトは、メインフレーム、PC、ウェブ、スマートフォンといった標準的な系譜だけでなく、SaaS(Software as a Service)、オープンソース、データベースといった要素も複雑に絡み合って進行します。これらの枠組みは、過去のパターンを理解する上で有用ですが、未来を決定論的に予測するものではありません。AIが「単なる別のプラットフォームシフト」なのか、それとも「コンピューティングそのもの」や「電気」といった、より根本的な構造変化をもたらすものなのか、現時点では「待って見守る」以外に知る術はありません。

AIが抱える根本的な不確実性:予測不能な物理的限界

AIが過去のプラットフォームシフトと決定的に異なる点は、その「物理的な限界」が予測不能であるという点です。1995年当時、私たちは電話会社が翌年にギガビットの光ファイバーを全家庭に普及させないことを知っていました。iPhoneが登場した10年前、私たちは次世代iPhoneが1年間のバッテリー寿命を持ち、プロジェクターが内蔵され、空を飛ぶようにはならないことを理解していました。当時の技術には、物理法則や製造プロセスに基づく明確な限界が存在し、それがある程度予測可能でした。

しかし、AI、特に大規模言語モデル(LLM)については、この物理的な限界がどこにあるのか、私たちにはほとんど分かっていません。AIがなぜこれほど効果的に機能するのか、その理論的な理解がまだ不足しているため、「どれほど優れたものになり得るのか」を誰も正確に把握できていないのです。

この不確実性は、AI技術開発を巡る奇妙な「統合失調症的」な議論を生み出しています。OpenAIが数週間前のライブストリームで、「来年には人間レベルのPhD研究者と同じ能力を持つAIが登場する」と語る一方で、その直後には「Windowsのように何十万もの新しいソフトウェア開発者を可能にするAPIスタックを提供する」と発表しました。ベネディクト氏は、「この両方は同時に真実ではありえない」と指摘します。もしAIがPhDレベルの研究者になるのなら、ソフトウェア開発者(あるいはPhDレベルの会計士)は不要になるはずです。AIがコードを書く能力が向上し続けるなら、原則として誰もコードを書く必要がなくなり、モデルに直接「これをしてくれ」と指示するだけで済むようになるかもしれません。もしそれが真実なら、なぜ今、ソフトウェア企業に投資しているのでしょうか?

この「モデルがスケーリングし続ければ、すべてをやってくれる神のような存在が箱の中に生まれる」という究極の予測と、「AIを応用した新しいソフトウェア製品を作る」という現実的なビジネス戦略の間の乖離は、AIの未来を考える上で極めて重要なポイントです。私たちは、技術の物理的限界に関する明確なロードマップを持たず、誰もが「私はこう感じる」という「雰囲気ベースの予測(vibes-based forecasting)」に頼らざるを得ない状況にあります。

「バブル」の兆候とAI投資の論理

非常に新しく、非常に大きく、そして世界を変える可能性を秘めた技術は、往々にしてバブルを引き起こす傾向があります。ベネディクト氏は、「もし今がバブルではないとしても、いずれバブルになるだろう」と述べ、すでに「バブルのような振る舞い」が見られることを示唆します。マーク・アンドリーセンが1997年と98年はバブルではなかったが、99年はバブルだったと語ったように、私たちは今、どの段階にいるのでしょうか。

この過熱した状況の背景には、AIのコンピューティング要件に対する予測の困難さがあります。これは、90年代後半にインターネットの帯域幅使用量を予測しようとした試みによく似ています。当時のアナリストは、ユーザー数、ウェブページのサイズ、帯域幅の高速化による変化、動画の種類、ビットレート、視聴時間など、あらゆる要素を考慮してスプレッドシートを作成しました。しかし、そこから導き出される10年後のグローバル帯域幅消費量の予測は、数百倍もの幅を持つ非常に不正確なものだったでしょう。

現在、多くの企業は「AIは変革的であり、とてつもない脅威である。需要に追いつけず、需要は今後も増加するだろう」という合理的判断に基づいて投資を行っています。ハイパースケーラー各社は、「投資しないことによる損失は、過剰投資による損失よりも大きい」という認識を共有しています。しかし、マーク・ザッカーバーグ氏が「もし過剰投資だと判明しても、容量を転売すればいい」と述べたことに対し、ベネディクト氏は「もしあなたが容量を使いこなせないなら、他の誰もが余剰容量を持つことになるだろう」と反論します。

AIモデルのコストは、毎年20〜40倍のペースで低下し続けていますが、その一方でAIの利用も急増しています。この供給サイドの効率化と需要サイドの爆発的成長という二つの力が拮抗し、全体の投資額や市場規模を予測することを極めて困難にしています。しかし、歴史が示すように、このような投資サイクルにおいては、往々にして過剰投資が発生するものです。

AIの普及と「製品化」の壁:なぜ多くの人は使いこなせないのか?

AIの現状を分析する際、私たちはサプライサイド(チップ、データセンター、資金調達など)とデマンドサイド(ユースケース、製品としての魅力)の両面からボトルネックを考える必要があります。ベネディクト氏は、チップの専門知識については謙遜しつつも、AIの「展開」には二つの種類があると考えます。

一つは、AIの使い道が非常に明確で、すぐにでも導入できる分野です。具体的には、ソフトウェア開発、マーケティング、そして多くの「非常に退屈で、非常に特定されたエンタープライズ用途」が挙げられます。また、ベネディクト氏のような「非常にオープンで、自由な形式で、柔軟な仕事を持ち、常に最適化の方法を探している人々」も含まれます。シリコンバレーでは、「私は日中ずっとChat GPTを使っている」「もうGoogleは使わない」「CRMもこれに置き換えた」といった話が聞かれます。マーケティング分野では、AIを活用することで作成できるアセットの数が30個から300個へと劇的に増加したという成功事例も報告されています。アクセンチュア、ベイン、マッキンゼーといったコンサルティング企業も、大企業内の特定の課題解決にAIを積極的に活用しています。

しかし、もう一つの側面として、「別に大したことない」と感じている多くの人々が存在します。Chat GPTは毎週8億から9億人のアクティブユーザーを抱え、そのうち5%が有料ユーザーです。しかし、調査データを見ると、先進国の人口の10~15%が毎日利用し、20~30%が毎週利用している一方で、残りの多くの人々は「アカウントは持っているが、何をすればいいか分からない」状態です。

なぜこのようなギャップが生じるのでしょうか?これは、技術の初期段階であるためか、エラー率の問題か、あるいは日々の業務にどうマッピングすればいいか分からないためかもしれません。ベネディクト氏は、スプレッドシートが会計士にもたらした影響を例に説明します。会計士にとってスプレッドシートは、「1ヶ月分の仕事を10分で終わらせる」ような革命的なツールでした。異なる割引率で10年間のDCF(割引キャッシュフロー)を再計算する作業が、数日かかっていたものが一瞬で完了します。

しかし、弁護士がスプレッドシートを見た場合、どう感じるでしょうか?彼らは「会計士には良いツールだ。来週、請求時間の表を作るのに使うかもしれないが、それは私が一日中やっている仕事ではない」と考えるでしょう。Excelは、弁護士が毎日行うような仕事には直接役立つツールではありません。

この例は、AIにも当てはまります。特定の職種(開発者、マーケター)にとってはAIはまさに「Excelのような革命」をもたらす可能性がありますが、多くの人々にとっては、その日々の業務とAIの機能をどのように結びつければいいのか、まだ明確な答えが見えていないのです。

このギャップを埋めるのが「製品化」のプロセスです。多くの企業は、既存の汎用ツール(Oracle、Excel、メールなど)を特定の業界やワークフローに特化させた「SASアプリ」として提供することで価値を生み出してきました。米国の典型的な大企業は、今日、400〜500ものSASアプリケーションを利用しています。これらは基本的に、過去の技術(データベース、CRMなど)を使って、特定の業界の特定の課題を解決し、ユーザーがそれを使いこなせるようにデザインされたものです。

「あなたはボットに直接指示を出しますか?それとも、企業向けセールス担当者があなたのボスに売り込み、特定のプロセスを分析するボタンを押すだけで済む製品を使いますか?」この問いこそが、AIソフトウェア企業が存在する理由です。彼らはChat GPTのような汎用モデルを、特定の業界や課題に特化した「アンバンドリング」された製品として提供しているのです。

AIの「間違い」と「新しい可能性」:破壊的イノベーションの真髄

AI、特に生成AIの大きな課題の一つは、その「間違い」です。ハルシネーション(Hallucination)と呼ばれる、事実に基づかない情報を生成する現象は、現在のAIの信頼性を損なう要因となっています。バラジ・スリニバサン氏も指摘するように、特定の問題には「正しい答え」が必要であり、AIが生成した情報をいかに「検証」するかが重要になります。

マーケティングの例では、AIに200枚の画像を生成させ、その中から人間が10枚の良いものを選ぶ方が、人間が100枚の画像をゼロから作るよりもはるかに効率的です。しかし、データ入力のようなタスクではどうでしょうか?もしAIに200のPDFから数字をコピーさせ、その200の数字すべてを人間がチェックしなければならないとしたら、結局自分でやった方が早いということになりかねません。これは、AIが「効率化」できる領域と、そうでない領域が存在することを示しています。

しかし、ベネディクト氏は、AIの「間違い」の問題に焦点を当てすぎること自体が、間違った問いである可能性があると指摘します。それはまるで、1970年代後半のApple IIを見て、「これで銀行を運営できるか?」と問うようなものです。答えは「ノー」ですが、それは根本的に間違った問いです。同様に、「Netscapeでプロフェッショナルな動画編集ができるか?」という問いも誤りです。20年後には可能になりますが、その間にもウェブは全く別の価値を生み出しました。モバイルもまた、5画面のプログラミング環境を置き換えることはできませんでしたが、50億もの人々にスマートフォンを届け、PCとは異なる「別のこと」を可能にしました。

これが「破壊的イノベーション」の核心です。新しい技術は、既存の主流なタスクには「あまり良くない」か「ひどい」かもしれません。しかし、それは「何か別のこと」を非常にうまくやります。

モバイルがUberやAirbnb、オンラインデーティング(Tinderなど)といった、以前は不可能だった「新しい行動」と、それに基づく「新しい会社」を生み出したように、AIは何を可能にするのでしょうか?チャットボットと人間との会話、あるいはその補助といった新たな行動はすでに現れ始めていますが、それらはモデルプロバイダーによって提供されるのか、それとも新たな企業がそれらの行動を製品として提供するのか、という問いが生まれます。

この議論は、「スタックのどこまで新しい技術が影響を与えるか」という問いにつながります。1990年代半ば、人々は「オペレーティングシステムが全てをやる」と考え、Microsoft Officeのようなアプリケーションは「単なるWin32ラッパー」に過ぎないと考えていました。しかし、実際にはOfficeが提供するドキュメント管理や印刷、表示といった機能は、単なるOSの機能を超えた独自の価値を創出しました。

同様に、法律事務所の例では、クラウドベースの法的証拠開示サービス(Everlaw)が機械学習による翻訳機能を提供したとしても、法律事務所は「AWSの翻訳APIや感情分析アプリを自分で呼び出して使う」ことはしません。彼らは「法的証拠開示管理ソフトウェア」という「ソリューション」を購入します。人々が購入するのは「テクノロジー」ではなく「ソリューション」なのです。

グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)の役割を再評価することも重要です。GUIは、Microsoft Officeのように500もの機能を持つソフトウェアでも、ユーザーがそれらを見つけやすくし、キーボードコマンドを覚える必要をなくしました。しかしそれ以上に重要なのは、WorkdayやSalesforceのようなエンタープライズソフトウェア、あるいは航空会社のウェブサイトやAirbnbのUIが、画面に600ものボタンを表示せず、7つのボタンだけを表示している点です。これは、その企業の多くの人々が、「ユーザーに尋ねるべき質問は何か?」「このフローのこの時点でどのような選択肢を提供すべきか?」といった問いについて、長年の学習、テスト、そして深い思考を重ねてきた結果です。

しかし、汎用チャットボットの画面は、ユーザーに「何をしたいのか、どうすればいいのか」という「すべて」を問いかけます。ベネディクト氏はこれを「無限のインターン」という比喩で説明します。「インターンに仕事を頼んでも、彼らがベンチャーキャピタルが何かを知らず、四半期報告書の探し方を知らず、BloombergやPitchBookの使い方を知らないとしたら、どれだけ役に立つでしょうか?」AIも同様に、単体では無限の能力を持つインターンのようであっても、それを特定のワークフローや業界知識、ユーザーエクスペリエンスデザインに落とし込む「人間の知恵」が不可欠なのです。

ハイパースケーラーのAI戦略:強みと脆弱性

AI競争の風景を俯瞰すると、既存のハイパースケーラー各社がそれぞれ異なる強みと脆弱性を抱えながら、戦略を展開していることが分かります。

OpenAIの競争上の課題

OpenAIはChat GPTで世界を席巻しましたが、その立場は意外にも脆弱であるとベネディクト氏は分析します。

  • モデルのコモディティ化: ベンチマークスコアを見ると、主要なモデル(GPT、Claude、Geminiなど)の性能は急速に均一化しつつあります。カジュアルなユーザーにとっては、どのモデルを使っても大きな違いを感じにくくなっています。
  • ネットワーク効果の欠如: 消費者利用において、現時点では明確なネットワーク効果や「勝者総取り」のメカニズムは見られません。粘着性(スティッキネス)としての「記憶」機能はありますが、これもコピー可能です。
  • インフラの欠如: OpenAIは自社インフラを持たず、Microsoft Azureに依存しています。これにより、コストベースを自社でコントロールできず、Microsoft(サティア・ナデラ氏)から毎月請求書が届く立場にあります。

OpenAIは、この状況から脱却するため、モデルの上に様々な製品(ブラウザ、ソーシャルビデオアプリ、アプリプラットフォームなど)を急ピッチで構築し、同時にNvidiaやBroadcom、AMDといったチップメーカーや、サウジアラビアなどの投資家と連携して自社インフラを強化しようと必死になっています。これは、驚異的な技術的ブレイクスルーと巨大なユーザーベースを、持続可能で防御可能なビジネス価値と製品価値に変えるための「スクランブル」なのです。

ハイパースケーラー各社の戦略

  • Google: モバイルへの移行がGoogle検索の本質を大きく変えなかったように、AIも「検索の検索」であり、既存の検索・広告ビジネスを最適化し、新たな体験を構築するものと捉えられています。Googleには、そのための資金力と技術力があります。AIの「iPhone」を自ら発明するか、あるいは誰かが発明したものをAndroidのようにコピーするか、そのどちらかの道を進むでしょう。
  • Meta: MetaにとってAIは、検索、コンテンツ、ソーシャル、体験、レコメンデーションといった中核事業に大きな意味を持ちます。そのため、自社モデルの開発はGoogle以上に必須となります。
  • Amazon: AmazonにとってAIは二つの側面を持ちます。一つはAWSとしてコモディティインフラを提供する側面。もう一つは、これまで課題とされてきたレコメンデーションや発見、提案の機能を根本的に改善する可能性です。LLMは、Amazonが抱える「SKU(品目)は豊富だが、顧客が本当に欲しいSKUを見つけるのが苦手」という課題を解決するブレイクスルーとなるかもしれません。
  • Apple: AppleのAI戦略は最も興味深い問いを提起します。2年前にAppleが披露したSiriのデモは、マルチモーダル、オンデバイス、ツール利用、エージェント性、リアルタイム、エラーゼロといった、現在のどのAIも実現できていない理想的なビジョンでした。Appleは「自社チャットボットは持っていないが、YouTubeやUberも持っていない」と主張します。これは、AIが「単なるサービス」であれば問題ないが、「コンピューティングの本質」を変えるものならば問題になる、という立場を示しています。 2000年代、Microsoftは開発環境としてのプラットフォーム競争に敗れ、誰もWindowsアプリを作らなくなりました。しかし、インターネットを利用するにはPCが必要であり、結果的にMicrosoftは膨大な数のWindows PCを販売しました。Appleも同様に、もし将来、すべてのソフトウェアがLLM上で構築され、アプリという概念がなくなっても、ユーザーは「高機能な画面、長いバッテリー寿命、優れたカメラ、マイク」といったデバイスの価値を求め続けるでしょう。そして、それは「iPhoneのようなもの」である可能性が高いのです。

下流産業への影響と「真に解決すべき課題」

AIは、ウェブパブリッシャー、マーケター、ブランド、広告主、メディア企業といった下流の産業にも大きな問いを投げかけます。チャットボットに直接質問することで、既存のコンテンツビジネスや広告モデルはどうなるのでしょうか?例えば、LLMがレシピの答えを直接与えてしまうなら、レシピサイトのビジネスはどうなるでしょう?

AIは、「私たちは真に何をしようとしているのか?」という本質的な問いを、これまで以上に明確にするでしょう。「ボロネーゼのレシピが欲しいのか、それともスタンリー・トゥッチがイタリア料理について語るのを聞きたいのか?」「ただスライドデッキが欲しいのか、それともベインのパートナーと1週間かけてアイデアを議論したいのか?」「単にお金が欲しいのか、それともA16Zのオペレーティンググループと協力したいのか?」

これは、インターネットが新聞業界に与えた影響に似ています。新聞社は自らを「専門知識、キュレーション、ジャーナリズムの会社」と考えていましたが、インターネットの登場は彼らが「軽工業製造会社」であり「地域流通・運送会社」でもあることを露呈させました。AIもまた、多くの企業にとって、これまで意識していなかった「防御性や収益性の基盤」が何であるかを明らかにする可能性があります。例えば、米国の健康保険業界の収益性が「手続きを退屈で困難で時間のかかるものにすること」に由来しているとすれば、退屈で時間のかかるタスクを自動化するLLMは、その業界の防御性を根本から揺るがすでしょう。

1990年代半ばのインターネットや、その10年後のモバイルについて、多くの問いが投げかけられましたが、その半分は後から見れば「間違った問い」でした。「3Gのキラーユースケースは何か?」という問いの答えが「ポケットにインターネットがあること自体」であったように、AIもまた、私たちが今は想像できないような「真のユースケース」を生み出すことでしょう。

AIがインターネットを超える日:未来への問い

AIがインターネットやスマートフォンを凌駕するほどのインパクトを持つかどうかという問いに、ベネディクト氏は慎重ながらも深い洞察を示します。私たちは、インターネットやiPhoneが私たちの社会にもたらした「途方もない変化」を忘れがちです。YouTubeのコメント欄で、AIの潜在力を過小評価していると批判された際、彼は「インターネットやスマートフォンもまた、とてつもない大ごとだった」と反論しました。

AIが「コンピューティングそのもの」や「電気」のような根本的な構造変化をもたらし、インターネットを超える存在となるためには、私たちの「AIの能力に対する認識」が劇的に変化する必要があります。現状のAIは、特定の狭い分野において「人間のようなこと」を非常にうまくこなしますが、常にそうであるわけではありません。デミス・ハサビス氏が「博士号レベルの能力を持つAIは存在しない」と主張するように、現在のAIはまだ「人間」の代替品とは呼べません。

AIがインターネットを超える、あるいはコンピューティングの性質を根本的に変えるためには、それが「実際に人である」と私たちが認識するような能力のシフトが求められるでしょう。それは、単に「人間のようなことをうまくやる」レベルを超え、汎用的な知能や意識、意図を持つ存在となることを意味するかもしれません。

「AIとは、まだ機能しないもののことだ」というラリー・テスラーの言葉が示すように、技術が実用化され、日常に溶け込むと、私たちはそれをAIとは呼ばなくなります。AIがいつAGIとなり、いつインターネットを超える存在となるのか、その線引きは技術的な定義だけでなく、哲学的、社会的な議論にも深く関わってきます。

現時点では、私たちはまだその段階には達していません。AIの潜在力は計り知れませんが、それが現実の世界にどのような形で具現化されるのかは、まだ誰も明確に予測できません。私たちは、この不確実性の時代において、技術の進化を注意深く観察し、その背後にある本質的な問いを探求し続ける必要があるのです。