VC業界の常識を覆す:Plural共同創業者タベット・ヒンリクスが語る、シードラウンドを蝕む多段階ファンドと欧州再興への道
テクノロジー業界の進化は目覚ましく、それに伴いベンチャーキャピタル(VC)の世界も絶えず変貌を遂げています。しかし、その変革の裏で、業界には長らく見過ごされてきた構造的な問題が横たわっています。Wise(旧TransferWise)の共同創業者であり、現在はVCファンドPluralのパートナーを務めるタベット・ヒンリクス氏は、このVC業界の現状に対し、既存の常識を打ち破る辛辣な批判と、欧州の未来を担うDeep Tech投資への強い情熱を抱いています。
彼との対話は、VCが「コモディティ」と化した時代における真の価値とは何か、そして多段階ファンドがシードラウンドに与える影響、さらには地政学的変化の中で欧州が果たすべき役割について、深い洞察を与えてくれます。本記事では、ヒンリクス氏の言葉から、現代VCの課題、Pluralが提唱する新しい投資モデル、そして欧州のテクノロジーエコシステムが直面する挑戦と機会を掘り下げていきます。
VC業界の構造的課題:コモディティ化と「スプレッドシートモンキー」からの脱却
ヒンリクス氏は、今日のVC業界が抱える根本的な問題について、非常に直接的な言葉で切り込みます。彼の視点では、VCはすでに「コモディティ化した商品」であり、多くのファンドが提供する価値は同質化していると言います。このコモディティ化の象徴として、彼は2%から2.5%という「管理手数料」の構造を挙げ、これが投資成果と必ずしも一致していないと指摘します。Pluralではこの手数料を約半分に設定しており、これによりファンドの投資回数を増やし、「より多くのゴールへのシュート」を可能にしていると語ります。
さらに、彼は多くのVC、特に欧州のVCが「スプレッドシートモンキー」と化していると痛烈に批判します。これは、実務での事業運営経験を持たず、コンサルティングファームや銀行出身者が大半を占めるVC業界の現状を指しています。彼らはコホート曲線やLTV(顧客生涯価値)といった指標を分析し、高額な価格で案件を勝ち取ることに長けていますが、創業者のビジョンや未熟なビジネスの可能性を深く理解する洞察力に欠けているというのです。
ヒンリクス氏が強調するのは、「傷跡(scar tissue)」の重要性です。彼自身、SkypeやWiseの創業と成長を通じて、多くの困難と失敗を経験してきました。この「傷跡」こそが、真の起業家精神と問題解決能力を育むと彼は信じています。Pluralの5人のゼネラルパートナー(GP)全員が起業家としての経験を持ち、自ら会社を立ち上げ、資金を調達し、苦難を乗り越えてきたバックグラウンドを持っています。この経験が、創業者が直面する課題を深く理解し、より建設的なパートナーシップを築く上で不可欠であると彼は語ります。
「製品市場適合(PMF)に到達する前」の企業評価は非常に困難であり、そこでの見極めこそがVCの真価を問われる部分です。ヒンリクス氏は、Wiseの資金調達時にマックス・レフチンやベン・ホロウィッツといった、自ら事業を立ち上げた経験を持つ投資家との会話が最も洞察に富んでいたと振り返ります。彼らは財務諸表だけでは見えない、創業者の情熱や「世代を代表するビジネスを構築するためのアンフェアな優位性」を見抜く目を持ち合わせていたのです。
Plural独自の投資哲学:100倍のリターンとアンビシャスな創業者へのコミットメント
Pluralの投資哲学は、明確かつ野心的です。彼らは「100倍のリターンを想像できないなら、その案件を検討すべきではない」と断言します。5倍のリターンが保証された素晴らしい投資案件は他にもあるが、それはPluralが目指すものではない、というのです。この高みに到達するためには、創業者が追求する目標の規模が鍵となります。
リピート起業家への信頼:より大きな目標への挑戦
Pluralは、リピート起業家(連続起業家)の支援に特に力を入れています。過去の失敗や成功から得た「傷跡」は、彼らを次の挑戦に向けてより賢く、より野心的にさせるとヒンリクス氏は考えます。例えば、ゲーム会社を成功させた後、防衛企業Helsingを立ち上げたトールステン氏や、eコマースからSpotifyという巨大な挑戦へと踏み出したダニエル氏の例を挙げます。彼らは前回の経験を活かし、さらに「桁違いに大きな目標」を目指します。
一方で、ヒンリクス氏は、単に「Fintech企業を一つ作ったから、またFintech企業を二つ目を作る」といった種類の起業家にはあまり興奮しないと語ります。Founders Fundのデリアン氏の意見に共鳴し、「所得格差、気候変動、エネルギー問題、防衛問題がかつてないほど高まっている時代に、エンタープライズSaaSをまたやるのか?」と問いかけます。Pluralが目指すのは、これらの喫緊の課題に対し、GDPレベルのインパクトをもたらすような、Deep Techを含む真に野心的な企業への投資です。Proxima Fusionのような核融合開発企業や、CCTVカメラで患者をモニタリングするTetonのような企業まで、幅広いスペクトルをカバーしますが、その根底にあるのは「起業家の持つキャラクター」と「課題の重要性」なのです。
究極のアラインメント:自己資金コミットメント
VC業界における最も顕著な「ミスマッチ」の一つとして、ヒンリクス氏は投資家とファンド、そして創業者とのアラインメント(利害の一致)を指摘します。多くのGPは「他人の金で遊んでいる(playing with the house money)」という感覚に陥りがちです。Pluralはこの問題に対し、非常に革新的な解決策を導入しています。
- 最大のLPとしてのGP: PluralのGPは、ファンドの最大のLP(リミテッドパートナー、出資者)であり、ファンドに対し自ら多額の資金をコミットしています。
- リードパートナーの個人投資: さらに、各ディールのリードパートナーは、ファンドからの投資に加えて「個人的な小切手」を書き、自己資金を投資します。これは、投資の意思決定に個人的な責任と情熱をより深くコミットさせるための措置です。
この独自の仕組みにより、Pluralは他のVCよりも遥かに高いレベルで、ファンド、GP、そして投資先企業との利害の一致を図っています。彼らは、投資家の弁護士費用を投資先企業が支払うという業界の慣習にも異を唱え、Pluralは自社の弁護士費用を自社の管理会社が支払うべきだと主張します。これは、些細な点に見えても、アラインメントの精神を徹底するPluralの姿勢を示しています。
ボードの機能不全と希薄化への警鐘
ヒンリクス氏は、スタートアップの取締役会(ボード)の現状にも疑問を呈します。多くのボードが急速に大きくなりすぎ、シード、A、B、Cラウンドの投資家が次々に参加することで、5人ものVCと2人の創業者という構成になりがちです。彼はこのようなボードを「機能不全」と呼びます。なぜなら、似たようなマインドセットを持つVCばかりが集まり、議論を支配しがちだからです。真に効果的なボードは、バランスが取れており、時には他の事業を構築している創業者も参加することで、多様な視点と実体験に基づいた議論が生まれるべきだと提言します。
また、創業者の希薄化(dilution)への敏感さが高まっていることに対し、ヒンリクス氏は「VCは創業者の所有権のために戦わない」という厳しい現実を突きつけます。「所有権のために戦うのは自分自身だけ」であり、創業者はこの事実を認識し、自ら交渉に臨むべきだと説きます。しかし、同時に、安易な高評価での資金調達や、助言を必要としない「良い時」だけでなく、「悪い時」にも電話に出てくれるパートナーを選ぶことの重要性を強調します。多くのVCが資金が厳しくなると電話に出なくなる中で、Pluralは「そのクソ野郎になるな」と自戒しているのです。
シードラウンドを「破壊」する多段階ファンドへの警告
ヒンリクス氏は、数億ドル、時には数十億ドル規模の巨大なマルチステージファンドがシードラウンドに与える影響についても懸念を表明します。彼らの莫大な資金力は、シードラウンドを「大規模な高速オプションゲーム」に変質させ、まるで「500万ドルの投資で5%の株式を取得するのは、次のデータブリックスを発見するチャンスとして安い」という感覚で、事業そのものへの深い理解やコミットメントなしに投資が行われていると指摘します。
しかし、ヒンリクス氏は「このゲームは続かないだろう」と断言します。優れた創業者は、マルチステージファンドからの好条件での小切手が、将来の資金調達を保証するものではないことに気づくでしょう。このハイボリュームな投資戦略は、シード段階の企業が本当に必要とする深い支援やパートナーシップを損なう可能性があり、VC業界全体のアラインメントを歪めていると警告します。
長期的な視点と流動性の課題:10年ファンドの限界
Deep Techや大規模な社会的インパクトを目指す企業への投資において、既存のVCファンドの「10年」という期間はあまりにも短いとヒンリクス氏は指摘します。Wiseでさえ、創業から上場まで10年を要し、Deep Tech企業では10年から12年、市場が悪い時期に直面すれば15年かかることも珍しくありません。
VC業界は、こうした長期的な視点とファンドの期間とのミスマッチを認識し、一部の資本を早期にLPに還元する規律を持つべきだと主張します。SpaceXのように非公開でありながら大規模な資金を調達し、流動性の問題を抱えない企業も存在しますが、多くの企業にとって、長期的な価値創造と流動性のバランスは依然として大きな課題です。Pluralは、投資先企業がたとえ収益化に時間がかかっても、「マイルストーンを達成し、価値を創造している」ことを確認し、資本を投入し続けることを重視しています。
投資意思決定プロセス:情熱と厳しさの融合
Pluralの投資意思決定プロセスもまた、その哲学を反映しています。
- 限定された案件数: 各GPは年間2〜3件という限定された数の案件しか手掛けられません。これにより、一つ一つの投資に深い集中とコミットメントを促します。
- 「共同創業者になりたいか」の問い: リードGPは、なぜその企業が自分にとって重要なのか、その創業者がなぜその事業に取り組むべきなのか、そして100倍のリターンをどう想像するのかを記したメモを作成します。これは、単なるビジネス上の分析を超え、その事業に「共同創業者になりたい」と思えるほどの情熱を求めていることを示します。
- 残酷な議論: 投資委員会(IC)では、投票は行われませんが、その議論は「非常に正直で、非常に残酷」です。徹底的なフィードバックを通じて、リードGPは自身の提案を再評価し、時には投資を見送る(約30%のケース)こともあります。
- 迅速性と慎重さ: 競争の激しい案件では迅速な意思決定も可能ですが、ヒンリクス氏は性急な投資を避け、熟考の時間を重視します。彼自身の経験からも、急いだディールが大きな損失につながったことがあると語ります。
- フォローオン投資の多数決: 初回の投資はGP個人の強い情熱に基づいて行われますが、フォローオン投資(追加投資)については、有限なリザーブを公平に配分するため、多数決で決定されます。これは、リードGPが「自分の宿題を自分で採点する」ことを避け、ファンド全体での意思決定を促すためです。
欧州の「主権」確立への緊急性:Deep Tech投資が鍵
VC業界への批判と並行して、ヒンリクス氏が最も情熱を注ぐテーマの一つが「欧州の主権」確立です。Pluralを2021年に立ち上げた理由の一つも、この欧州主権とGDPレベルのインパクトをもたらすことでした。ウクライナ戦争の勃発、そしてウクライナのゼレンスキー大統領が米ホワイトハウスで厳しい質問を受けた一件は、欧州が米国に過度に依存してきた現状への警鐘となり、この緊急性をさらに高めたと彼は語ります。
「三極世界」の到来と欧州の自律性
ヒンリクス氏は、世界が「三極世界(tripolar world)」へと移行していると見ています。アメリカ版、中国版、そして欧州版のテクノロジーエコシステムがそれぞれ独立して発展していく必要があるというのです。防衛、宇宙、エネルギー、セキュリティ、インテリジェンスといった「クリティカルサービス」において、欧州は自律性を確立しなければなりません。
彼は、米国の患者監視システムやロボットを欧州の病院や街中で使用することへの懸念を表明します。これらは大量の情報にアクセスし、「キルスイッチ」を持つ可能性のある技術であり、いざという時に他国が機能を停止するような事態は避けなければなりません。中国製を拒否するのと同様に、最終的には「どこで線を引くのか」という問題に直面するとヒンリクス氏は問いかけます。これは脱グローバル化の流れの中で、各地域が自らの重要インフラとデータ主権を守る必要性を意味します。
資本と政治的意思:変化の兆し
欧州がこの自律性を確立するためには、大規模な資本投資が不可欠です。ドイツがウクライナ戦争後に1.5兆から2兆ユーロを割り当てたように、欧州全体で防衛費を含むクリティカル産業への投資の重要性が認識され始めています。エストニアやポーランドといった国々はすでにGDPの2%以上を国防に投じていますが、欧州全体で3〜5%へと引き上げる必要性をヒンリクス氏は主張します。
しかし、単に資金を投入するだけでなく、協調のあり方も見直さなければなりません。これまでの欧州における防衛協力は、各国の利害関係や生産拠点に関する制約により「非常に苦痛で遅い」ものでした。ウクライナでの戦争が示すように、現代の紛争は常に反復と迅速な構築を要求します。ヒンリクス氏は、欧州がより「現代的な」方法で協力し、迅速な意思決定と実行力を備えるべきだと訴えます。
克服すべき障壁:資本、野心、規制
欧州が中国や米国と競争し、主権を確立するためには、いくつかの大きな障壁を克服する必要があります。
- Deep Techへの初期段階資本の不足: Pluralが投資するProxima Fusionのような核融合企業には、莫大な初期投資が必要です。欧州は、こうした「クレイジーな投資」を支える十分な早期段階資本が不足しています。
- 起業家の野心と自己宣伝: 欧州の起業家は「野心が足りない」「謙虚すぎる」「宣伝が下手」だとヒンリクス氏は指摘します。5,000万ユーロでの売却に満足せず、より大きな目標を掲げ、米国のようにその成功をアピールする「マーケター」になる必要があると語ります。
- 規制の断片化: 欧州は多数の国からなる市場であり、その規制の断片化はビジネス展開の大きな障壁です。しかし、ヒンリクス氏は「真の起業家はチタン製の壁も突き破る」と述べ、規制を言い訳にせず、むしろそれを乗り越える精神の重要性を強調します。同時に、EU Inc.のような取り組みを通じて、労働力、資本、規制をより統一的なものにする必要性を認識しています。
ロンドン証券取引所のCEOへのインタビューから、欧州の株式市場が「サブプライム」であるという現実も浮かび上がります。Wiseのロンドン上場は成功裏に終わりましたが、ヒンリクス氏はそれが米国上場と比べて大きな違いはなかったと見ています。しかし、英国市場における個人投資家や年金基金の参加不足は、構造的な問題であり、欧州全体でより強力な単一の資本市場を構築する必要性を訴えます。
個人的な洞察と未来への展望:欧州への揺るぎない楽観論
ヒンリクス氏は、財政的独立がもたらした最大の変化は、「月給のために働く必要がない」という自由と、純粋に「アップサイド」と「社会に良いことをする」という側面に集中できるようになったことだと語ります。Skype時代から財政的に自立していた彼にとって、Wiseの上場はさらにその自由を確固たるものにしました。
そして、彼が過去12ヶ月で最も心境が変化したこととして、「欧州に対する楽観論」を挙げます。米国の地政学的状況の変化を目の当たりにし、欧州が自らのクリティカル産業を再建する必然性と可能性を強く感じています。
エストニアの例は、ヒンリクス氏の欧州への楽観論を裏付けるものです。人口あたりのユニコーン企業数が世界一であるにもかかわらず、その事実があまり知られていないこの小国は、ソ連時代の優れた教育システムとSkypeの初期成功がもたらしたエコシステム加速の賜物だと語ります。今日の欧州でも、Revolut、Wise、Monzo、Spotifyといった企業が、次世代の起業家とスタートアップを輩出する「アクセラレーター」としての役割を担い始めています。
Pluralが目指す未来は、「10年後に兆ドル規模の欧州企業」を生み出すことです。この壮大なビジョンを実現するために、ヒンリクス氏は欧州のリーダーたちに対し、具体的な政策提言を行います。
- Deep Techへの資本増加: 初期段階のDeep Tech企業への十分な資金供給。
- 起業家精神の奨励: 成功を称え、より大きな挑戦を促す文化の醸成。
- 規制負担の軽減: 欧州全体でビジネスを展開しやすい単一市場の構築。
- 政府調達の活用: 政府が欧州スタートアップの最大の顧客となり、技術開発と市場拡大を支援すること。
終わりに:変革の時を迎えるVCと欧州
タベット・ヒンリクス氏との対話は、既存のVC業界が抱える課題に対し、実践者として、そして visionary としての深い洞察を提供してくれます。Pluralは、単なる資金提供者ではなく、「傷跡」を持つ起業家投資家として、真にアラインメントされたパートナーシップを通じて、100倍のリターンとGDPレベルのインパクトを追求しています。
同時に、彼の言葉からは、地政学的な大変動の中で、欧州が自らの運命を切り開くための具体的な道筋と、Deep Tech投資がその中核をなすという強いメッセージが伝わってきます。VC業界の構造改革、そして欧州の産業と主権の再構築は、相互に関連し合う壮大な挑戦です。ヒンリクス氏とPluralは、この変革の最前線に立ち、未来の欧州を形作る重要な役割を果たすことになるでしょう。
「対話が予定通りに進まない時こそ、最高の喜びだ」というインタビュアーの言葉は、ヒンリクス氏の枠にとらわれない思考と、VC業界、そして欧州の未来に対する揺るぎない信念が、どれほど刺激的であるかを物語っています。私たちは今、その変革の萌芽を目撃しているのかもしれません。