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Cohere共同創業者Nick Frosstが語る:OpenAI・Anthropicとの競争戦略、Sam AltmanのAI過剰言説への警鐘、そしてエンタープライズAIの未来

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最新技術の波が世界を席巻する現代において、人工知能、特に大規模言語モデル(LLM)は、私たちの生活、ビジネス、そして社会のあり方を根底から変えつつあります。その中心には、OpenAI、Anthropicといった名だたる企業がしのぎを削り、AGI(汎用人工知能)の到来を巡る熱狂的な議論が繰り広げられています。しかし、この熱狂の陰で、より現実的で、かつ深く社会に根差したAIの可能性を追求する企業が存在します。それが、Cohereです。

今回、私たちはCohereの共同創業者であるニック・フロスト氏への独占インタビューから、彼の技術に対する冷静かつ鋭い洞察、OpenAIのSam Altman氏が提唱するAGIに対する異論、そしてエンタープライズAIの未来像について深掘りしていきます。フロスト氏は、AIの「魔法」や「デジタルゴッド」といった誇大宣伝を排し、AIがもたらすべき真の価値、すなわち「ROI(投資収益率)、Not AGI」を追求する企業哲学を明確に打ち出しています。

この記事では、彼の言葉一つ一つに耳を傾け、AIの核心、そのビジネスへの影響、そして私たち人類がこの変革期にどう向き合うべきかについて、多角的に考察していきます。


第1章: AIへの深い洞察:Google BrainとTransformerの遺産

ニック・フロスト氏のAIへの旅は、まさに現代AIの礎が築かれた場所から始まりました。彼は、Google Brainにおいて、AIの伝説的存在であるジェフリー・ヒントン氏の最初の採用者として、その研究の最前線に身を置きました。この貴重な経験が、彼のAIに対する独自の視点と、Cohereの企業文化の形成に大きな影響を与えています。

ジェフリー・ヒントンとの仕事:研究への創造的・遊び心あるアプローチ

フロスト氏は、ヒントン氏との仕事から「研究について知るべきこと全て」を学んだと語ります。彼が最も驚いたのは、ヒントン氏が研究にアプローチする際の「創造的で遊び心に満ちた」姿勢でした。フロスト氏は、当初、研究とは数式や導関数を厳密に計算する、より硬質なプロセスだと想像していました。しかし、ヒントン氏との議論は、しばしば物理的なアナロジーを通じて行われたと言います。

「ボールがここにあって、これにゴムバンドがついていて、ここに滑車があって…」といった具体的な物理世界の描写を通じて、アルゴリズム、オプティマイザー、損失関数といった抽象的な概念が議論されたのです。このアプローチは、単なる好奇心から「もしこうなったらどうなるだろう?」と問いかけるものであり、厳密な数式よりも「直感」に基づいたものでした。この「遊び心」と「直感」を重んじる姿勢は、後にCohereが効率的かつ実用的なモデルを開発する上での基盤となります。

Transformerの発明とGoogleの「眠り」:商業化の遅れがCohere誕生の背景

しかし、フロスト氏のGoogle在籍期間には、AI業界に革命をもたらす重要な技術が誕生しました。それが、2017年にGoogleの「Aiden(Cohereの共同創業者Aidan Gomez氏を指す)」と他の多くの優秀な研究者たちによって発表されたTransformerアーキテクチャです。Transformerは、その後の大規模言語モデルの全ての基盤となる画期的な技術であり、現代AIの進歩を語る上で不可欠な要素です。

にもかかわらず、フロスト氏は、GoogleがこのTransformerを「非常に迅速に商業化しなかった」と指摘します。また、「Google内で非常に迅速にスケールアップされなかった」とも語っています。この「眠り」とも言える状況は、Transformerを開発した多くの優秀な人材がGoogleを去り、Transformerに関する研究開発を他所で、数年後に行う結果を招きました。フロスト氏自身も、この状況に疑問を呈し、なぜこのようなシステムがGoogle内に存在したのか、その理由を問うています。

このGoogleの初期の優位性の喪失は、OpenAIやAnthropicといった新興企業が台頭する土壌となり、Cohereがエンタープライズに特化した独自の道を進むきっかけともなりました。Google BrainやDeepMindには今でも多くの優秀な人材がいることを認めつつも、Transformer開発の中心人物たちが、その技術の真の可能性を追求するために外に出ざるを得なかったという事実は、AI業界のダイナミズムを象徴する出来事と言えるでしょう。

技術の本質:Transformerは変わらない、進化はトレーニング手法にあり

フロスト氏は、AIモデルの進化について、業界全体の議論とは一線を画す見解を示しています。彼は、2017年に導入されたTransformerアーキテクチャが「ほとんど変わっていない」と強調します。現在、市場に存在するあらゆる大規模言語モデルが依然としてTransformerを基盤としており、その根本的な技術革新は、この10年近くで大きく進んでいないというのです。

では、何が変わったのか?フロスト氏によれば、それは「トレーニング方法」です。初期のモデルは、単にテキストの続きを予測する「ベースモデル」であり、人間との対話には適していませんでした。しかし、現在では、以下の複数のステップを経てモデルがトレーニングされています。

  1. ベースモデリング: 大量のテキストデータから言語のパターンを学習する。
  2. SFT(教師ありファインチューニング): 人間のフィードバックによる教師あり学習で、モデルに具体的なタスクの遂行方法を教える。
  3. RLHF(人間からのフィードバックによる強化学習): モデルが生成した応答に対し、人間が良し悪しを評価し、報酬を与えながら学習させることで、より自然で有用な応答ができるように改善する。

これらのトレーニング手法の進化が、モデルの使いやすさと有用性を飛躍的に向上させてきました。しかし、フロスト氏は、「根本的に技術は同じ」であり、「誰もTransformerとは根本的に異なるモデルを訓練していない」と断言します。この冷静な現状認識は、AIの進歩を「魔法」や「デジタルゴッド」と捉えるのではなく、技術的な基礎の上に積み重ねられたエンジニアリングと工夫の結果であると理解する、彼の哲学の根幹をなしています。

この視点は、AI技術の「本質」を見極め、表面的な「新しさ」や「誇大宣伝」に惑わされることなく、本当に価値のある応用を追求するCohereの戦略を支えています。


第2章: Cohereの独自戦略:エンタープライズAIの「ROI」を追求する

AI業界において、OpenAIやAnthropicが消費者向け製品や汎用性の高いモデルで注目を集める中、Cohereは明確かつ大胆な差別化戦略を打ち出しています。それは、「エンタープライズ」に特化し、ビジネスにおける具体的な「ROI(投資収益率)」の実現に焦点を当てることです。

他社との差別化:エンタープライズツール利用に特化

フロスト氏は、CohereをOpenAIやAnthropicと同じく「基盤モデル企業」と位置づけつつも、そのユニークな点は「このテクノロジーをエンタープライズにもたらすという単一の焦点」にあると語ります。彼らは、企業内のツール利用に長けたモデルを開発することに全力を注いでいます。

具体的には、企業がモデルに自社のツールやAPI、そして内部データへのアクセスを許可することで、モデルが従業員の業務を支援できるようトレーニングされています。例えば、経費精算の自動化、膨大な社内文書からの情報抽出、あるいは社内コミュニケーションの効率化などが挙げられます。これは、単なるチャットボットやコンテンツ生成ツールとしてのAIではなく、ビジネスプロセスに深く統合され、具体的な価値を生み出す「ワークプレイスの拡張ツール」としてのAIを意味します。

トレーニングの違い:合成データ、実データ、エンゲージメント指標の排除

このエンタープライズ特化の戦略は、モデルのトレーニング方法に根本的な違いをもたらします。フロスト氏は、Cohereがモデルを「驚くほど優れた会話相手」や「ユーザーを引きつけ、興味を持たせ、占有し続ける」モデルとしてトレーニングしているわけではないと明言します。彼らは、エンゲージメント指標のような、消費者向け製品で重視される要素には焦点を当てていません。

Cohereが目指すのは、あくまで「職場であなたを増強する」ことです。この目的のために、トレーニングデータも大きく異なります。最近では、合成データの生成に力を入れています。これは、架空の企業、架空の従業員間のメール、架空の社内APIといった環境を構築し、その中でモデルがビジネス上の課題を解決するようトレーニングされることを意味します。これにより、実世界の複雑なビジネスシナリオをシミュレートし、モデルの汎用的なエンタープライズ対応能力を向上させています。

しかし、合成データだけで全てが完結するわけではありません。フロスト氏は、「データは依然としてボトルネック」であり、合成データ生成のプロセスを開始するためには「実世界のデータ」が必要不可欠であると強調します。Cohereは、社内でアノテーターを雇用し、高品質な実データを生成することにも注力しています。合成データはモデルを改善する上で大いに役立っていますが、最終的には高品質な実データが、モデルの性能を決定する鍵となるのです。

ボトルネック論:データ品質と合成データの生成、アルゴリズムはボトルネックではない

AIモデルの性能向上を妨げる「ボトルネック」について、フロスト氏は独自の視点を提供します。彼は、計算資源(Compute)、アルゴリズム、データの3つの柱の中で、最も制約が大きいのは「データ」であると明確に指摘します。

アルゴリズム自体は、ベースモデル、SFT、RLHFといったステップの追加はあるものの、根本的な変更は少ないというのが彼の見解です。モデルをより有用にする上でのボトルネックは、これらアルゴリズムの進化ではなく、いかに高品質なデータを獲得し、さらにその高品質な実データから高品質な合成データを生成できるかにかかっているとフロスト氏は考えます。

このデータ重視の姿勢は、現在のAI業界がしばしば計算資源の投入、すなわち「より多くのGPU」に焦点を当てがちな状況へのカウンターとも言えます。フロスト氏の視点からは、単に計算資源を増やすだけでは、必ずしもモデルの質的な飛躍には繋がらないというメッセージが読み取れます。

効率的なモデル開発:2GPU戦略、他社を「桁違い」に下回る計算資源投資

Cohereがエンタープライズに特化し、ROIを追求する上で、もう一つ重要な要素が「効率性」です。フロスト氏は、Cohereのモデル(Command R、Command R+、Command R Visionなど)が「2つのGPUで動作するように訓練されている」というビジネス戦略の重要な部分を明らかにしました。

この「2GPU戦略」は、パフォーマンスとコストの間のスイートスポットであるとフロスト氏は説明します。多くの企業がモデルを本番環境にデプロイする際に、十分なGPUを持たないことがボトルネックになっている現状を鑑みれば、この戦略は非常に合理的です。これにより、Cohereは他の基盤モデル企業と比較して、「桁違いに少ない」計算資源で基盤モデルを開発しているとフロスト氏は豪語します。

Cohereが創業当初、潤沢な資金がない中で、データセンターの「GPUの切れ端」を繋ぎ合わせてモデルをトレーニングする研究から始めたというエピソードは、彼らの効率性への執着を物語っています。確かに、大規模なデータセンターを借りてモデルをトレーニングする方が「はるかに簡単」であるものの、彼らは自社と顧客の両方のために「効率性」を徹底的に追求しています。

この効率性は、Cohereが資金調達において他社ほど巨額ではない(とはいえ6億ドル以上の資金を調達している)状況で、どのようにOpenAIやAnthropicといった「数十億ドル」を持つ競合他社と競争していくのかという問いへの答えでもあります。フロスト氏は、Cohereが消費者向けアプリを持たず、個人の生活のために月額200ドルを消費させようとはしていないことを強調し、「ROI、Not AGI」という理念を繰り返し述べます。

彼らは、企業がAIを本番環境で利用する上で依然として多くの課題があることを認識しており、その課題解決に注力することで、独自の市場を切り開こうとしています。消費者向けモデルは「可能な限り最大のモデル」を構築し、個々の推論呼び出しで大量の損失を出してもユーザー獲得を優先できますが、エンタープライズ向けでは、デプロイメントの容易さ、カスタマイズ性、そして費用対効果が決定的に重要となるのです。


第3章: AGIの幻想と現実:Sam Altmanへの異論とAIの真の価値

AI業界で最も物議を醸す議論の一つが、AGI(汎用人工知能)の到来とその潜在的な脅威に関するものです。OpenAIのSam Altman氏がその最も熱心な提唱者である一方で、Cohereのニック・フロスト氏は、このAGIの誇大宣伝に対し、極めて批判的な姿勢を示しています。彼の視点からは、AIの真の価値がどこにあるのか、そして私たちは何に焦点を当てるべきなのかが浮き彫りになります。

Sam Altman氏への率直な批判:AGIの接近説は「不誠実」で「誤った予測」

インタビューの冒頭から、フロスト氏はSam Altman氏の発言に強い異議を唱えます。彼は、Altman氏が「AGIがどれほど近いか」について語ることで、「世界に貢献していない」と断言します。フロスト氏によれば、Altman氏はこれまでにも「何度か間違った予測」をしており、それらは「彼が発言した時点で明らかに間違っていた」ものだと言います。

特に批判の対象となっているのは、AIが「世界の終わり」につながる可能性を示唆する発言や、Altman氏が世界中の主要なリーダーと会談し、AIが「実存的な脅威」をもたらすと伝えた「世界ツアー」です。フロスト氏は、このような行動を「学問的に不誠実」であり、「彼が愛するテクノロジーに不利益をもたらした」と厳しく評価しています。

この厳しい批判の背景には、AGIに関する誇大宣伝が、AIがもたらす現実的で具体的なリスクや機会についての有意義な議論を妨げているというフロスト氏の信念があります。

AGIの定義と現状:人間のように扱われるコンピューターはまだ遠い

AGIとは何か?という問いに対し、業界には明確な定義が欠如しているとフロスト氏は指摘します。彼は自身の定義として、「コンピューターを人間のように扱うとき」にAGIが達成されると述べています。つまり、コンピューターが人間と同様の行動、感情、思考、そして自意識を持つと見なされ、そのように接される状態を指します。

この定義に基づけば、フロスト氏は「人々は言語モデルを人間のように扱ってはいない」と断言し、現在のAIがAGIに達しているとは考えていません。彼の視点では、AGIに関する議論は「多くの年数を経てきたが、その定義はほとんどない」のが実情であり、OpenAIやMicrosoftでさえ、その定義を「何度か変更してきた」と指摘しています。

この冷静な評価は、現在のAI技術が持つ限界を正確に認識し、過度な期待や恐怖に流されないことの重要性を示唆しています。

スケーリング法則の限界:GPT-5の「劣化」に見る計算資源投入の非効率性

AIの進歩は、より多くの計算資源(Compute)を投入することで、モデルが指数関数的に性能を向上させるという「スケーリング法則」によって駆動されていると広く信じられてきました。しかし、フロスト氏はこの考え方にも異論を唱えます。

彼は、人々が「より多くの計算資源を投入すれば、この指数関数的な進歩が続くだろう」と考えていることに対し、「同意しない」と述べています。その極めて具体的な例として、フロスト氏はGPT-5(インタビュー時点での言及であり、公式発表されたGPT-4oを指す可能性もあるが、文脈上はより多くの計算資源を投入した次の世代のモデルを指している)について「実際には悪くなった」と評価しています。

フロスト氏は、GPT-5が「モデルの自動選択が遅く、煩わしく、実際には苦痛である」ため、製品としては劣化したと考えています。ユーザーが迅速な回答を求めているにもかかわらず、モデルが「深い研究モード」に入ってしまうことで、ユーザー体験を損ねているというのです。この具体的な批判は、単にモデルの規模を拡大し、計算資源を投入するだけでは、必ずしもユーザーにとって「より良い」製品が生まれるわけではないという重要なメッセージを伝えています。

フロスト氏によれば、技術の進歩は、必ずしも計算資源の増加によって「指数関数的に続く」とは限りません。むしろ、モデルの有用性は、より洗練されたモデル化作業、プロダクトワーク、より良いコネクタの構築、より安全なデータ統合といった側面にかかっていると彼は主張します。これらの領域での作業は「停滞していない」と彼は強調し、Cohereが注力しているのは、まさにこの現実的な価値創造の領域です。

真の価値は「労働拡張」にあり:個人の生活ではなく、職場の自動化

AGIへの懐疑論とスケーリング法則の限界という認識は、フロスト氏がAIの真の価値を見出す場所と密接に結びついています。彼は、「言語モデルは信じられないほど有用だ」と認めつつも、その有用性の本質は「エンタープライズ」にあると断言します。

個人の生活においては、自動化したいことが「あまり多くない」と彼は述べます。例えば、母親への返信をより速く自動化したいとは思わず、むしろ「もっと頻繁に、自分自身で書きたい」と語っています。人間的な繋がりや感情が伴う個人的なコミュニケーションは、AIによる自動化の対象ではないという考えです。

しかし、「仕事の生活においては、やりたくないことがたくさんある」とフロスト氏は言います。彼は、経費精算の例を挙げてその可能性を説明します。 「North(Cohereのエージェントフレームワーク)を開いて、『経費を処理してくれ』と言えば、モデルがメールをチェックし、レシートの写真を確認し、社内規定と照合し、会社の経費精算APIを使って承認を得るまでの一連の多段階プロセスを自動で実行する」 このような、多くのステップを要し、情報収集と統合が必要でありながらも、創造性や洞察をほとんど必要としない「退屈な」作業こそ、AIが代替すべき領域だと彼は考えます。

この「労働拡張」という概念は、AIが人間の仕事を奪うのではなく、人間が本来の創造性や人間関係に時間を費やせるように、反復的で煩雑な作業を肩代わりするというフロスト氏の哲学を明確に示しています。エンタープライズAIは、個人の生活にAGIのような劇的な変化をもたらすものではなく、むしろ日々の業務を効率化し、生産性を向上させることで、ビジネスに具体的なROIをもたらす存在なのです。


第4章: AIと労働の未来:変革の波と社会への影響

AI、特に大規模言語モデルの進化は、労働市場に甚大な影響を与えることが避けられません。一部では「AIが仕事を奪う」という悲観論が広がる一方で、ニック・フロスト氏は、AIが人間の仕事を「拡張」し、仕事の性質そのものを変えるという、よりニュアンスのある見解を示しています。彼は、この変革期において、社会が直面する真の課題は何かを問いかけます。

AIによる「拡張」:人間は嫌な仕事をAIに任せ、より創造的な活動へ

フロスト氏は、AIが人間の能力を「拡張する」という考え方を強く支持しています。彼は、多くの人々が、AIが自分のやりたくないことを代わりに行ってくれることに「興味を持ち、興奮している」と述べ、自身の顧客との経験を例に挙げています。

彼は、25歳や26歳のマーケティングマネージャーやSDR(セールス開発担当者)の仕事が、AIによって「劇的に置き換えられる」という見解に対し、異論を唱えています。彼らが現在行っている仕事の一部、例えばテキストの執筆や情報整理などは、AIが得意とする領域であることは認めつつも、それが「仕事の大部分ではない」と主張します。

フロスト氏によれば、人間の仕事の多くは「人々と話すこと、文化を理解すること、時代精神を理解すること、何がヒットするか、何が関連性があるかを理解すること、直感と人間的な経験を使って、どうすれば役に立てるか、何ができるかを理解すること」にあります。これらの側面は、「インターネット上のテキストのデータセットには含まれていない」ものであり、AIには代替できない人間の核となる能力だと彼は考えます。

例えば、エビアンのキャンペーンを企画するマーケターが、AIに「今日のニュースサイクルに関連した3つの異なるストーリーラインを考えてくれ」とプロンプトを与えることは、AIの素晴らしい使い方だとフロスト氏は認めます。AIはアイデアの出発点を提供し、マーケターはそこからさらに「微調整し、いくつかを捨て、いくつかの洞察を活かす」ことで、より洗練されたものを作り上げます。AIは「白紙のページ」から始めるのではなく、出発点を与えてくれることで、人間の創造性を増幅させるツールとなるのです。

この視点から、フロスト氏は、AIが「チームサイズの劇的な縮小」をもたらすという見解に対し、直接的な言及は避けているものの、むしろ「仕事の性質が変化する」という表現を用いています。

労働市場の変革:PC、インターネット、印刷機、産業革命との比較

AIが労働市場にもたらす変化の規模について、フロスト氏は歴史的な転換点と比較して説明します。彼は、パーソナルコンピューター、インターネット、印刷機、そして産業革命が労働市場に与えた変化と同等の変革が、AIによってもたらされると考えています。

「私たちは、労働力の劇的な変化を見てきたし、それは今後も続くでしょう」と彼は述べます。この歴史的視点は、AIによる変化が一時的なものではなく、社会の構造そのものに影響を与える長期的なトレンドであることを示唆しています。過去の変革期がそうであったように、AIもまた、新たな仕事を生み出し、既存の仕事を再定義し、人間の役割をシフトさせることになるでしょう。

チーム規模の縮小と仕事の性質の変化:AIが人々の「スキル」を強化

では、具体的な仕事の未来はどのようになるのでしょうか?フロスト氏は、5年から10年後の企業の姿を次のように予測します。

「あなたは仕事に来て、コンピューターの前に座るでしょう。そして、主に言語を使ってそのコンピューターと対話するでしょう。何かすべきことがあり、その情報がそこにあると知っていても、創造性や洞察を必要としない、やるのが『退屈』だと感じるようなことは、モデルにやらせるでしょう。」

これは、人々が「やりたくないこと」をAIに任せ、残りの時間を「他の人と話すこと、どうすれば有用になれるかを考えること、AIがやったことが良かったかどうかを考えること」に費やすようになる未来像です。

フロスト氏は、この変化は「混乱」を伴う可能性があることを認め、世界全体として「この変化を可能な限り容易にする方法」について考えるべきだと提言します。AIが人々が「得意なこと、好きなこと」を行うことを可能にし、労働力が「レジリエント」であること、そして「所得格差が増加しないこと」をどうすれば確保できるか、といった議論が重要だと彼は強調します。

所得格差と政策の役割:過去の教訓から学ぶ、AI時代の労働政策の必要性

AGIに関する誇大宣伝が現実的なリスクについての議論を妨げているというフロスト氏の主張は、特に「所得格差」の問題に焦点を当てることで、より明確になります。彼は、AGIによる「実存的脅威」といった過度な議論が、「所得格差」のような「本当に重要なこと」について議論することを困難にしていると指摘します。

AIが所得格差を助長するか、あるいは改善するかという問いに対し、フロスト氏は「政策次第」であると明確に答えます。適切な労働政策があれば改善に貢献でき、悪い政策があれば悪化させる可能性があるというのです。

彼は、過去の産業革命から学ぶべき教訓があると考えています。産業革命は、農業従事者の割合を劇的に減少させ、社会構造を大きく変えましたが、今日では「良いアイデアだった」と広く認識されています。しかし、その過程で、子供たちが炭鉱で働くといった「狂ったこと」も起こりました。この経験から、「本当に良い労働政策」が生まれたとフロスト氏は指摘します。具体的には、労働組合、労働者の権利、そして生産性の向上と経済の改善につながる政策です。

フロスト氏は、現在の所得格差が過去数年間で上昇している状況を指摘し、AIがこの傾向を「悪化させる可能性」があると懸念しています。これは、AIが人間を「拡張する」だけであり、「置き換えない」のであれば、なぜこれほど大規模な政策変更が必要なのかという問いへの彼の回答でもあります。AIが労働の性質を変え、特定のスキルを持つ人々とそうでない人々の間で経済的な格差を広げる可能性があるため、その影響を緩和し、全ての人々がこの変革の恩恵を受けられるようにするための「良い政策」が不可欠であるという彼の強い信念がうかがえます。


第5章: AIエコシステムの課題とCohereの立ち位置

AI業界は急速に進化しており、その中には技術的な課題だけでなく、市場の評価基準、人材の獲得競争、規制、そして地政学的な問題まで、多岐にわたる複雑な側面が存在します。Cohereのニック・フロスト氏は、これらの課題に対し、常に現実的かつ批判的な視点からアプローチし、Cohereが独自の道を切り開く上での指針としています。

ベンチマークの「嘘」:真の価値を測れない指標、ゲーミフィケーションの問題

AIモデルの性能を評価する上で、業界では様々な「ベンチマーク」が利用されています。しかし、フロスト氏はこれらのベンチマークの有用性に対し、強い懐疑心を示しています。彼は「ベンチマークはデタラメか?」という問いに対し、「モデルがそのベンチマークでどれだけ訓練されたかの反映である」と答えています。つまり、ベンチマークは「ゲーミフィケーション」が可能であり、モデルを特定のベンチマークで高いスコアを出すように意図的に訓練できるというのです。

彼は過去のベンチマークの例を挙げながら、その変遷と今日のベンチマークがいかに現実のビジネス価値と乖離しているかを説明します。

  • LM1B: 初期に使用されたベンチマークで、新聞記事の後半を生成するようなタスクだったが、今は誰も話さない。
  • Hello Swag: 2022年頃に使われたが、これも今では忘れ去られている。
  • AIM (Math Reasoning): 現在注目されている数学的推論のベンチマークだが、フロスト氏は「顧客の誰もモデルに数学的推論を求めてこない」と指摘。数学者が働く少数の職場を除けば、職場で頻繁に発生するタスクではない。
  • ARC AGI Challenge: ピクセル操作の課題だが、これも「顧客の誰もモデルに要求したことがない」と一蹴。

フロスト氏がCohereで最適化しているのは、「顧客が私たちのモデルを使って何かをしようとしたときに、それが可能な限り簡単に機能すること」です。この顧客体験、ROI、そして実用的な価値は、現在のベンチマークにはほとんど反映されていないと彼は断言します。ベンチマークは「モデルの進歩を正確に反映していない」ものであり、むしろ「モデルの緊急能力を評価する上では興味深い科学的作業」ではあるものの、「モデルの有用性価値を正確に反映しているわけではない」というのが彼の結論です。

この批判は、AI業界が本質的な価値創造に焦点を当てるべきだというフロスト氏の信念を強く反映しています。

人材獲得競争:高額報酬の現実と、働く場所の安定性・目的意識の重要性

AI業界は、まさに「タレント獲得戦争」の真っただ中にあります。AnthropicがAI研究者に1000万ドルから2000万ドル、あるいはMetaが1億ドルといった巨額の報酬を支払っているという話も聞かれます。フロスト氏は、これらの「クレイジーなヘッドライン」の全てが現実だとは限らないとしつつも、「それだけの価値を生み出している人々」が存在し、彼らが「非常にやりがいのある報酬を得ることは理にかなっている」と認めています。AIは「非常に影響力の大きい産業」であり、その仕事は「非常に要求が高く、非常に困難な仕事」であるからです。

しかし、報酬だけが全てではないというのがフロスト氏の見解です。彼は、人々が「安定性」と「目的」を与え、自分たちの活動に「価値を感じられる」場所で働くことを好むと指摘します。報酬はその一部ではあるものの、Metaのような企業で高額で雇用されても「翌日には辞める人々」の話も聞くと言います。これは、企業文化や仕事の意義といった非金銭的要素が、優秀な人材を引きつけ、維持する上でいかに重要であるかを示唆しています。

Cohereにおいても、人材は最も重視する要素です。フロスト氏は、「私たちは私たちが働く特権を与えられている人々そのものです」と述べ、従業員にとって「適切な場所であること」「経済的な観点からも彼らの人生で最高のものを得られるようにすること」を常に考えていると語ります。彼自身も、適切な価値をもたらす研究者であれば、「500万ドル」を支払うことを躊躇しないと断言しています。

オープン vs クローズド:Cohereのハイブリッド戦略の合理性

AIモデルの提供方法において、「オープン(モデルの重みを公開する)」か「クローズド(モデルをAPI経由で提供し、内部構造を非公開にする)」かという議論も活発です。Cohereは、この両極端の中間に位置する「ハイブリッド戦略」を採用しています。

フロスト氏は、「Cohereでは、基盤モデルを構築し、非商用利用のためにその重みを公開しています」と説明します。これにより、研究者や個人開発者はCohereのモデルをダウンロードして検証することができ、コミュニティ内での信頼性を構築しています。これは、かつて「オープン」として始まったものの、現在は重みを公開していない企業(Metaが示唆されているが、フロスト氏は明言せず)がある中で、Cohereが透明性を重視している姿勢を示しています。

しかし、「もし商用目的で利用する場合は、私たちと話す必要があります」とフロスト氏は付け加えます。これは、Cohereが「営利企業」であり、持続可能なビジネスを構築するために必要なステップです。このアプローチは、「ビジネスとして機能する良いスイートスポット」であると彼は考えており、なぜ他の基盤モデル企業がこのアプローチをあまり採用しないのか、自身が「驚いている」と述べています。

この戦略は、技術コミュニティとのエンゲージメントを保ちつつ、知的財産を保護し、収益を確保するという、実用的なバランスを追求するCohereの姿勢を反映しています。

プロンプトエンジニアリングの終焉:技術理解の重要性、魔法ではない

AIとの対話において「プロンプトエンジニアリング」というスキルが一時的に注目を集めましたが、フロスト氏はその将来性について懐疑的です。彼は「プロンプティングがコアなユーザー入力ガイダンスメカニズムとして5年後も存在するだろうか?」という問いに対し、プロンプト自体は存在するものの、「プロンプティングのスキル」という概念は「あまり関係なくなるだろう」と予測します。

初期の言語モデルは、人間のフィードバックに基づいて訓練されていなかったため、ユーザーはモデルを「だまして」望む結果を得る必要がありました。例えば、要約を求めるには、テキストの後に「Summary:」と書くといった「ハック」が必要でした。しかし、SFTやRLHFといった手法により、現在のモデルは「人々が期待するように機能するように訓練されている」ため、プロンプトはより自然で直感的なものになっています。

フロスト氏は、「『プロンプトの仕方』を学ぶ必要があるという考え方はなくなるだろう」と述べます。しかし、同時に「言語モデルがどのように機能し、何ができるか、何ができないかを知る必要がある」という点も強調しています。これは、コンピューターや電話を使うのと同様に、ツールの基本的な仕組みを理解することの重要性を意味します。

彼は、Cohereで働く人々には「テクノロジーを魔法だと考えてはならない」と伝えていると言います。「これはデジタルゴッドに仕事を頼むことではない」という考え方は、Cohereの技術開発の根幹にあります。言語モデルがどのように訓練され、その限界と緊急能力は何かを理解することが、AIを効果的に利用し、構築する上で不可欠であるという彼の信念が強く表れています。

主権国家モデルの台頭:インフラとしての言語モデル、カナダ企業であることの優位性

AIの技術開発は、単なるビジネス競争だけでなく、国家間の競争や地政学的な要因も強く絡み合っています。特に「主権(Sovereignty)」という概念は、言語モデルの開発において重要なテーマとなっています。フロスト氏は、この技術を「インフラ」として捉えるべきだと提言します。

彼は、「自国の言語を話す言語モデルを持つことは、自国民のためのインフラを構築するようなものだ」と語り、それが「概ね良いアイデアだ」と考えています。過去20年間のテクノロジー史がシリコンバレーやアメリカによって大きく定義されてきたことに対し、「多くの人々が非常に不満を抱いている」と指摘。自国の文脈、言語、方言、文化的な流暢さを理解するモデルを持つことが、その国の経済と国民を力づける上で重要であるという見解を示しています。

この観点から、Cohereが「カナダ企業であること」は「資産」になっているとフロスト氏は考えています。過去数年間、アメリカが政治的な理由で技術アクセスを停止する意思を示してきた事例(中国企業への半導体規制など)がある中で、アメリカのテック企業とアメリカ政府との間の関係が「時間の経過とともに不明瞭になっている」という認識は、カナダ企業であるCohereに国際的な優位性をもたらしています。多くの国の企業が、「非アメリカ系」のテクノロジー企業との協力を求めているというのです。

フロスト氏は、各国政府が自国の「基盤モデル」に資金を供給すべきかという問いに対し、「インフラを持つことは良いことだ」と答え、言語モデルを「発電所」のようなものと比較しています。自国にインフラを持つことは、経済的自立と安定を確保する上で不可欠であり、AIもまたその文脈で捉えられるべきだというのが彼の主張です。


第6章: Nick Frosstの思想:テクノロジーへの視点と人生哲学

ニック・フロスト氏のAIに対する深い洞察は、単なる技術論に留まりません。彼の言葉の根底には、テクノロジーが人間社会にもたらす影響への真摯な懸念と、彼自身の人生哲学が深く息づいています。

テクノロジー楽観主義からの転換:社会への影響と「繋がり」の追求

かつてフロスト氏は「真の技術楽観主義者」でした。テクノロジーが常に人間社会を良い方向に導くと信じていた時期があったと言います。しかし、「過去10年間」で、彼はもはや自分自身を技術楽観主義者とは「表現しない」ようになりました。

この転換の背景には、現代社会が抱える深刻な問題への彼の懸念があります。彼は、社会における「孤独感」「不安」「摂食障害」「若者の物質主義への焦点」、そして「誰もがインフルエンサーになりたがる」といった現象に言及し、「世界の状況」について「非常に不安を感じている」と語ります。

フロスト氏は、自身が求めるテクノロジーは「世界ともっと繋がるのを助けるもの」であるべきだと考えます。「世界から自分を切り離す」ものであってはならないと。彼自身、音楽を演奏することを大切にしているのは、それが「即時的」であり、演奏する仲間や聴衆と「その瞬間に繋がる」ことができるからだと言います。

しかし、彼は同時に、歴史的に見て「今の時代が最悪だ」という感覚は、常にどの時代にも存在してきたという哲学的視点も持ち合わせています。ギリシャの哲学者たちが文字の普及を嘆き、新聞を読む人々を批判した例を挙げながら、テクノストレスや社会の変化に対する不安は、人間の普遍的な感情であると指摘します。

フロスト氏は、「私たちは、技術がそれ(孤独感など)を助けているのか、それとも傷つけているのかについて、非常に真剣に考える必要がある」と強調します。そして、この「繋がりの追求」というテーマは、CohereがエンタープライズAIを通じて、人々がより人間らしい仕事に集中し、真の価値を創造できるような環境を提供しようとする企業理念と深く結びついています。

「世代を超えた企業」を築く理由:個人的なレガシーを超えた貢献

Cohereが創業から5年目を迎え、M&Aのオファーもあった中で、フロスト氏と共同創業者たちは、短期的な利益や売却ではなく、「世代を超えた企業」を築くことに強い関心を示しています。

「なぜ、自分を乗り越えるものが欲しいのか?」という問いに対し、フロスト氏は、オジマンディアスの詩「私の作品を見よ、絶望せよ」に触れ、どんなに壮大なものでもいつかは滅びるという人間のレガシーの儚さを認めつつも、「自分よりも大きなものを築くこと、あるいはその建設に参加すること」が「やりがいがある」と語ります。

彼は、「それは本質的に人間的なものだ」と述べ、芸術作品、実際の建物、哲学、アイデアなど、形は異なれど、人は「どれくらい長くそこに存在するか」を考えることを好むと言います。一時的な成功や個人的な名声を超えて、社会に長く貢献し続ける存在を築きたいという、深い人間的な欲求が、Cohereの長期的なビジョンを支えています。

創業者としての信念:好奇心と反骨精神、そして過去の誤りから学ぶ姿勢

フロスト氏の成功に貢献した彼の特性として、「好奇心と反骨精神」を挙げています。これは「資産であると同時に障壁でもある」と彼は自己分析します。

新しいことに関心を持ち、他の人々の主流の意見が「全く間違っている」と感じる時に、それは「非常に役立つ」と述べます。例えば、2019年にAidan Gomez氏から言語モデルで会社を創業しないかと誘われた際、フロスト氏は「もちろん」と即答しました。当時の言語モデルの有用性に対する見方は「全く普及していなかった」からです。このような反骨精神が、Cohereの創業を後押ししました。

しかし、時には「世界全体が明らかに正しかった」のに、自分が「間違っていた」こともあったと彼は謙虚に認めます。彼の最も大きな誤りの一つは、若い頃の「技術楽観主義」でした。彼は、「人間が改善するあらゆる指標は上がり続けるだろう」と信じ、「平均寿命は上がり、所得格差は下がり、幸福度は上がるだろう」と考えていましたが、「それは間違いだった」と語ります。人間の努力と成功の道筋は「単調ではない」という現実を彼は学びました。

もう一つの技術的な誤りとして、2020年頃に「人間からのフィードバックによる強化学習(RLHF)のデータ効率」について誤解していたことを挙げています。彼は、「少量のフィードバックデータではモデルを改善できない」と考えていましたが、これは間違いでした。

これらの経験は、フロスト氏が、常に学び、自己を反省し、自身の信念を客観的に評価する能力を持っていることを示しています。AIの急速な進化と社会への深い影響を考える上で、このような冷静かつ批判的な自己認識は、リーダーにとって不可欠な資質と言えるでしょう。


第7章: 結論: エンタープライズAIが拓く現実的な未来

ニック・フロスト氏との対話は、AIを取り巻く熱狂と、その裏に潜む現実的な課題を鮮やかに浮き彫りにしました。彼の言葉は、AIの可能性を最大限に引き出しつつ、そのリスクを最小限に抑えるための道筋を示しています。

Cohereが目指す「ROI、Not AGI」のメッセージ再確認

フロスト氏が繰り返し強調したのは、「ROI、Not AGI(投資収益率を、汎用人工知能ではなく)」というCohereの核心的な企業哲学です。これは、AGIの到来や終末論といった誇大宣伝に惑わされることなく、AI技術がビジネスに具体的な価値をもたらすことに集中するという、Cohereの揺るぎないコミットメントを表しています。

彼らは、単に大規模なモデルを構築するだけでなく、企業が直面する具体的な課題を解決するために、効率的かつ実用的なAIソリューションを提供することに注力しています。2GPU戦略、エンタープライズ特化のトレーニング、そして「North」のようなエージェントフレームワークは、全てこのROI実現のための具体的なアプローチです。

フロスト氏は、Sam Altman氏のAGI接近説への批判を通じて、現在のAI技術の限界を明確に指摘し、過度な期待が現実的な議論を阻害していると警鐘を鳴らしました。AIは「デジタルゴッド」ではなく、あくまで人間の能力を拡張し、生産性を向上させるためのツールであるという彼の視点は、AIの未来を考える上で極めて重要な基盤となります。

AIの真の変革力:派手な予測ではなく、日々の業務効率化から始まる

AIの真の変革力は、遠い未来のAGIの実現や、人類の存亡をかけたドラマチックなシナリオにではなく、日々の業務の効率化という、より地道で実践的なところから生まれるとフロスト氏は考えます。彼の「2026年の大胆な予測」が「経費精算の自動化」という一見地味なものであることからも、その信念がうかがえます。しかし、この「地味な」予測が、多くの企業にとって計り知れないROIと生産性の向上をもたらす可能性を秘めているのです。

AIは、私たち人間が「やりたくない」と感じる退屈で反復的な作業から解放し、より創造的で、人間らしい、価値の高い仕事に集中することを可能にします。これは、単に仕事を奪うのではなく、仕事の性質そのものを変革し、最終的には人間の労働力を「拡張」することにつながるでしょう。

読者へのメッセージ:誇大宣伝に惑わされず、技術の本質と社会への影響を見極める重要性

ニック・フロスト氏の言葉は、AI技術の最前線にいる一人のリーダーが、いかに冷静に、そして哲学的にこの変革期と向き合っているかを示しています。私たちは、AIがもたらす可能性に対して興奮を覚える一方で、誇大宣伝や誤情報に流されることなく、技術の本質、その限界、そして社会への現実的な影響を深く理解することが求められます。

AIは、単なる技術革新に留まらず、所得格差、労働政策、国家主権、そして人々の幸福といった、より広範な社会的・倫理的な問題と深く絡み合っています。フロスト氏が指摘するように、私たちは「この変化を可能な限り容易にする方法」について、真剣に議論し、行動を起こす必要があります。

Cohereが「世代を超えた企業」を築こうとしているように、私たちもまた、この強力なテクノロジーが、未来の世代にとって真に持続可能で、より良い世界を築くための基盤となるよう、その発展に責任を持って関わっていくべきでしょう。AIの未来は、技術者、ビジネスリーダー、政策立案者、そして私たち一人ひとりの選択と行動にかかっています。