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Garry Tanが語る:AI時代を生き抜く創業者たちの新ルール – シリコンバレーの過去、現在、そして未来

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現代のテクノロジーの世界において、Y CombinatorのCEOであるGarry Tan氏ほど、その過去、現在、そして未来を深く理解している人物は少ないでしょう。彼は単なる投資家や起業家という枠を超え、シリコンバレーの文化的変遷、創業者の心理、そしてAIがもたらす根本的なビジネス変革を肌で感じ、自らの言葉で語り続けています。このブログ記事では、Garry Tan氏の貴重な洞察に基づき、AI時代に成功する創業者たちが身につけるべき「新ルール」を深く掘り下げていきます。彼のキャリアの軌跡、シリコンバレーの文化、Y Combinatorの役割、そしてAIがビジネスと社会に与える影響、さらには地域社会への貢献といった多岐にわたるテーマを通じて、読者の皆様がテクノロジーの最前線で何が起こっているのか、そしてどのようにその波に乗るべきかを理解するための一助となることを目指します。

過去からの教訓 – 創業者心理とシリコンバレーの変遷

Garry Tan氏の旅は、現代のテクノロジー業界が想像もつかないような、混沌とした時代に始まりました。彼の初期の経験は、多くの起業家にとって重要な教訓を内包しています。

2003年のテック業界:Web 1.0の終焉とWeb 2.0前夜

2003年、Garry Tan氏がスタンフォード大学を卒業した頃、Web 1.0のバブルはすでに崩壊し、ナスダック市場は大暴落していました。IT業界は冬の時代を迎え、ベンチャーキャピタルは資金を引き締め、多くのテック企業がリストラを敢行していました。この時期のシリコンバレーは、現在の活況とはかけ離れた、希望を見出しにくい状況だったと彼は振り返ります。当時、ベイエリアで彼が見つけられたまともな求人は「GapのIT部門」くらいだったと言います。学生ローンを抱えていたGarry氏にとって、会社を立ち上げたいという野望はありつつも、まずは職を得る必要がありました。彼はMicrosoftのWindows Mobile部門か、Expediaのいずれかからオファーを受け、最終的にWindows Mobileを選択します。当時の風潮として、「Webは死んだ」という認識が広まっており、次の大きな波はモバイルだと多くの人が信じていました。

Garry Tan氏は当時を振り返り、この選択がキャリアにおける大きな後悔の一つであると述べています。なぜなら、当時Facebookすらまだ存在していなかったにもかかわらず、Mark Zuckerbergのような人々はすでに「Facemash」のようなWebベースのプロジェクトに取り組んでいました。彼自身もWebプログラミングの経験が豊富だったにもかかわらず、流行を追いかけてWebから離れてしまったのです。この経験は、後に彼が提唱する「Don't LARP」という思想の根底にあります。

「Don't LARP」の教訓:群衆に流されず、自身の「知っていること」を追求する勇気

「Don't LARP」というミームは、「Live Action Role-Playing(ライブ・アクション・ロールプレイング)」の略で、他者の成功や流行を模倣することへの警鐘を意味します。Garry Tan氏の言葉によれば、創業者にとって最も大切なのは「誠実さ(earnestness)」と「勇気(courage)」です。多くの人は「何がホットか」「何に取り組むべきか」と問いかけますが、これは間違った質問だと彼は指摘します。正しい質問は、「自分は何に興味があるのか?」「自分だけが独自に知っていることは何か?」というものです。

彼は、もしタイムトラベラーだったら、22歳の自分に「Webプログラミングに留まれ」とメッセージを送るだろうと語ります。当時の彼は、ウォールストリートジャーナルなどの情報に振り回され、流行を追い求めるあまり、自身が5年もの経験を積んでいたWeb分野から離れてしまいました。これは、彼の直接的な経験に基づいた「知っていること」を信じず、群衆の意見に流された結果でした。

「誠実さ」とは、単にナイーブであることではありません。それは、自身の直接的な経験から得た信念を、たとえブログ記事やTwitterで反論されたとしても、揺るがずに持ち続ける勇気の表れです。この「自分だけの真実」を追求する姿勢こそが、後の大成功につながるユニークなアイデアの源泉となるのです。

パランティアとの出会いと「カルト」の発見

Garry Tan氏のキャリアにおけるもう一つの大きな後悔は、Palantirの共同創業者たちからのオファーを断ったことです。彼のスタンフォード時代の友人で、後にPalantirを共同創業するJoe LonsdaleとStephen Cohenは、彼にPeter Thielのヘッジファンドでのインターンを勧め、さらにPalantir創業の誘いを持ちかけました。Peter Thielは当時、Garry氏のMicrosoftでの年収と同じ7万ドルの小切手を提示しましたが、彼はMicrosoftでの昇進を優先し、その誘いを断ってしまいます。Garry氏は、この判断が結果的に「20億ドルから40億ドルの間違い」であったと述懐しています。

この経験は、彼に再び「流行」や「地図(map)」ではなく、「テリトリー(territory)」、つまり目の前の現実や、最も賢い人々が何を、なぜやっているのかを深く見抜くことの重要性を痛感させました。Peter Thielらが着目したのは、Palo Altoの最高のコンピュータ科学者の技術が、ワシントンD.C.の政府機関にはまだ届いていないという、明白なギャップでした。

この洞察から、Garry氏は「未来はすでにここにある。ただ、均等に分散されていないだけだ」という原則を再認識します。そして、「科学者のように世界を見る」ことの価値を強調します。科学者は論文を読むだけでなく、自ら実験し、現場の当事者と対話することで、「秘密の知識(gnosis)」を獲得します。この一次情報に基づく深い理解こそが、既存の正統派な考え方や常識に反する「真実」を見出す鍵となります。

Palantirでの経験を通して、彼は「人生で素晴らしいものはすべて一種のカルトである」という結論に達します。ここでいう「カルト」とは、怪しい集団を指すのではなく、ある種の真実や信念が、確立された正統派な考え方に真っ向から対立し、少数の人々がそれに熱狂的に共鳴し、行動を起こすことで始まる現象を指します。それは、既存の秩序に挑戦する「パンク」な精神に通じるものであり、AppleやTeslaといった、かつては異端視された企業も、最初はこのような「カルト的」な信念からスタートしました。創業者とは、このような「異端の真実」を見出し、それに情熱を注ぎ、仲間を集める存在なのです。

シリコンバレー文化の変革とY Combinatorの役割

Garry Tan氏は、Y Combinator(YC)のトップとして、シリコンバレーの文化がどのように変化し、YCがその中でどのような役割を担ってきたかを深く理解しています。

「アウトサイダー」から「インサイダー」へ:YCの魔力

かつてのシリコンバレーは、特定の「シーン(scenester)」が支配する場所でした。名門大学を卒業し、適切な人脈を持ち、特定のパーティーに招待されることが、成功への足がかりとされていました。しかし、Paul GrahamとJessica Livingstonは、本当に優秀な人々が、地理的、社会的、あるいは経済的な理由でシリコンバレーにアクセスできないという問題意識を持っていました。

YCは、この閉鎖的な「シーン」の文化を打ち破ることを目指しました。彼らは、出身地や背景に関わらず、アイデアと実行力さえあれば誰にでもチャンスを与えるシステムを構築しました。そのアプローチは極めてシンプルです。ウェブサイトを通じて12の質問に答え、後に1分間の動画を追加するだけで、世界中の誰もが応募できるようになりました。YCのパートナーたちは、このプロセスを通じて「ビルダー(builder)」、つまり実際にものを作る人々に公正な機会を提供することに尽力しました。現在、Garry氏自身を含む16人のパートナー全員がYC出身であり、自ら成功を収めています。

このオープンな姿勢は、シリコンバレーに「テクノロジーのバースライト(生来の権利)」をもたらしました。7000人もの人々がサンフランシスコに集まるStartup Schoolのように、YCは国境を越え、多様な才能を引き寄せます。そこでは、出身や素性は関係なく、アイデアの質とそれを実行する能力だけが問われます。

さらに、YCコミュニティの最大の価値は、「スーパーリアル」でいられる人々との繋がりです。TechCrunchのイベントのような場では、誰もが「Killing it!(絶好調!)」と表面的な会話を交わしますが、創業者の道のりは孤独であり、困難に満ちています。最高の顧客を失った日、最高のエンジニアが辞めた日、あるいは共同創業者が希望を失った日、誰に本音を打ち明ければよいのでしょうか?YCは、このような困難な時期に支えとなる、真に信頼できるコミュニティを提供します。これは、創業者にとって極めて貴重な精神的支柱となるのです。

AI時代の創業者像:共同創業者不要論と「エージェンシー」の重要性

YCは長らく、共同創業者の存在を強く推奨してきました。それは、Derek SiversのTED Talkの比喩に例えられるように、一人で踊る人(クレイジーな人)に二人目が加わることで、それがパーティー(カルトの始まり)になるという考え方に基づいています。一人の人間では難しいことでも、二人いればお互いを支え、アイデアを検証し、実行力を高めることができるからです。

しかし、Garry Tan氏は、Vibe CodingやAgentic CodingといったAI技術の登場が、この共同創業者に関する常識を覆しつつあると指摘します。わずか数年前、あるいは9ヶ月前には考えられなかったことですが、一人の人間が、AIの力を借りて「数百人分の働き」をすることができるようになりました。

かつては、コードを書くことは「神聖」な行為とされ、何かを開発するにはPMが仕様書を書き、複数人のエンジニアが長期間かけて実装し、QAチームが徹底的にテストするという、時間とコストのかかるプロセスが必要でした。しかし今や、AIエージェントを使えば、アイデアをすぐにコードに変換し、テストまで自動化できる時代になりました。「slash QA」と入力するだけで、品質保証プロセスが完了するかのようです。

この変化は、創業者の野心をこれまで以上に高めるべきであることを意味します。Garry氏は、現在の創業者たちは、彼自身や彼の世代が成功したような「純粋なSaaS」ビジネスをそのまま追うべきではないと警告します。純粋なシートベースのSaaSは、5〜10年後には存在しないかもしれません。それはあくまで「楔(wedge)」であり、データやネットワーク効果といった「堀(moat)」を築くためのステップと考えるべきです。

コードの「神聖さ」が失われたことで、むしろ「エージェンシー(主体性)」と「センス(taste)」の重要性が飛躍的に高まっています。AIが多くの作業を代行する中で、何を、どのように作るかという意思決定と、それを実行する力が、これまで以上に求められます。Garry氏は、これらは生まれつきの能力ではなく、実践と反省を通じて向上するスキルであると強調します。彼自身のキャリアを振り返り、「遅咲き」であり、多くの間違いを犯しながらもそこから学び、異なる選択をしてきた経験が、この信念の根底にあるのです。AIは、誰もが「エージェンシー」を発揮し、自身のアイデアを形にするための強力なツールを提供しているのです。

AIが再構築するビジネスプロセスと「ループ」の力

Garry Tan氏は、AIがビジネスのあり方を根本から変え、これまで不可能だったレベルの効率性と洞察力をもたらすと確信しています。彼の言葉から、その具体的なビジョンと実現への道筋が見えてきます。

「Token Maxing」と「2028年のビジネス」の先取り

現代の最先端AIモデル、特に大規模言語モデル(LLM)は、膨大な量の情報を一度に処理する能力、すなわち「コンテキストウィンドウ」を劇的に拡大させています。ChatGPTやClaudeのようなフロンティアモデルは、数百万トークンもの情報を記憶し、その文脈を理解できるようになりました。しかし、これらのモデルを提供している企業は、計算リソースの制約から、ユーザーが利用できるコンピューティング量に制限を設けているのが現状です。

Garry Tan氏は、この制約を乗り越え、「Token Maxing(トークン最大化)」を行うことの重要性を説きます。これは、Hermes AgentやOpen Clawのような自律エージェントフレームワークを用いて、LLMのコンテキストウィンドウを最大限に活用し、一度のリクエストで百万トークンもの情報をロードし、エージェントの「魂(soul.md)」に深く刻み込むことを意味します。このプロセスは、年間5万〜10万ドルと高額なコストがかかるものの、CEOや創業者にとっては先行者利益を得るための価値ある投資であるとGarry氏は指摘します。

彼によれば、このようにエージェントを「フルパワー」で利用することで、あたかも「2028年に生きている」ような体験が得られます。つまり、数年後の未来において当たり前となるであろう、高度に知的なエージェントとの協業を今すぐにでも体験できるということです。これは、競合他社に先駆けて未来のビジネスモデルや働き方を試行し、深い洞察を得るための重要な戦略となります。

「Markdownファイルは従業員」:ビジネスプロセスの自動化とスキル化

「Markdownファイルは従業員だ」というGarry Tan氏の言葉は、AI時代の働き方を象徴しています。彼が提唱するのは、一度完璧に実行したタスクを、再利用可能な「スキル」として体系化するプロセスです。これは、単なるスクリプト化ではなく、Markdownファイルによる詳細な指示、実行コード、そして検証のためのテストを組み合わせたものです。

この「スキルファイル」は、cronジョブ(定期実行タスク)に組み込むことで、人間が介入することなく、完璧な精度で何度でも繰り返し実行される「従業員」となります。その応用範囲は、営業、マーケティング、カスタマーサポート、エンジニアリングなど、ビジネスのあらゆる領域に及びます。

例えば、新しい営業リードの生成から、パーソナライズされた提案書の作成、顧客からの問い合わせへの自動応答、さらには複雑なシステムのバグ報告と解決策の提案に至るまで、すべてのプロセスをエージェントに任せることが可能になります。最初の試行ではうまくいかないかもしれませんが、エージェントとの協業を通じて「Hey agent, fix this, fix that(エージェントよ、これを修正しろ、あれを修正しろ)」と指示を出すことで、エージェントは自らの実行履歴とフィードバックを基にスキルファイルを改善していきます。一度修正されれば、その「バグ修正」は永続的な知識となり、将来同様の問題が発生することはありません。

Garry氏自身のG StackやG Brainの開発経験は、この概念を実証しています。彼はPM業務の自動化、エンジニアリングのスキルファイル化、そしてQA(品質保証)ループの構築を通じて、自身のボトルネックを特定し、それをエージェントによって解消していきました。その結果、わずか2〜3人の人間と数百のエージェント、そして数百のスキルファイルを用いることで、「ゼロから4ヶ月で1500万ドルの年間経常収益(ARR)を達成する企業」が出現するような、驚異的な生産性向上が可能になったと語ります。これは、AIが自己改善ループを通じて、ビジネスの成長を加速させる強力なエンジンとなりうることを示しています。

組織のボトルネック解消:AIによる「クレアボヤンス(透視)」

AI時代におけるビジネスの成長と効率化には、データの来歴(provenance)管理や、コンフリクト(対立)の解決が不可欠です。大量のデータやエージェントが生成する情報がある場合、どれが正確で最新の情報であるかを特定し、矛盾する情報を解決するメカニズムが必要となります。これらは、システムが大規模になればなるほど重要になりますが、経験豊富な創業者であれば、これらの課題を予見し、対処法をシステムに組み込むことができます。Garry氏は、30代、40代のベテラン創業者たちが、この新しい時代において大きな優位性を持つと見ています。彼らは過去の経験から「何を、どのように構築すべきか」を知っているからです。

このAIがもたらす革新的な組織管理の例として、Garry氏はBrexのCEOであるPedro Franchesci氏の取り組みを紹介しています。Pedro氏は、Open Clawのような自律エージェントの潜在的なリスク(例えば、誤ってシステムファイルを削除する可能性)を認識しつつも、Craptrackというオープンソースの監視レイヤーを構築することで、エージェントのネットワークトラフィックと行動を完全に把握し、セキュリティを確保しました。Brexが金融業界という厳格な規制下にあることを考えると、このアプローチの重要性はさらに増します。

Pedro氏が実現したのは、エージェントが彼の直属の部下たちの会議のトランスクリプトを分析し、組織内の「壊れている部分」や「コンフリクト」を特定することです。これにより、Pedro氏は自身が参加していない会議の内容や、部署間の対立、あるいは特定のコンプライアンスチームが抱える課題まで、数週間にわたる完璧な文脈を持って把握できるようになりました。そして、必要なときに会議に現れ、「実際、君の言う通りだ。我々は君の方法で進めよう」と的確な意思決定を下し、すぐに会議を離れることさえできるのです。

これは、経営者が組織全体を「透視」しているかのようです。企業が成長するにつれて、その全体像を一人の人間の頭で把握することは不可能になります。これが、多くのビジネスが失敗する要因となる「マネジメントの課題」です。しかし、AIエージェント、記憶、情報検索のシステムを活用することで、経営者は組織内の意見だけでなく、データに基づく「グラウンドトゥルース(現場の真実)」までをも洞察できるようになります。

人間が一度に記憶できる情報は「7±2」という限界がありますが、エージェントは「ハリーポッターの本3冊分」もの情報を記憶し、瞬時にアクセスできます。これは、人間の認知能力の限界に基づいていたこれまでのあらゆるビジネスや政府のシステムが、AIによって根本的に再構築される可能性を意味します。Garry氏は、製品やサービスが「10倍、あるいは1000倍も良くなるべきだ」と語ります。資本主義の「見えざる手」は、単なるコスト削減ではなく、AIによってこれまで想像もできなかった「魔法のようなもの」を創造する方向に働くべきだと彼は考えています。これは、完璧なユートピアとまでは言わないまでも、「より良い世界」を追求するというシリコンバレーの理想に他なりません。

AI時代の社会と「ホワイトピル」の視点

AIが社会にもたらす影響については、悲観的な予測が先行しがちですが、Garry Tan氏は異なる視点、「ホワイトピル(希望をもたらす考え方)」を提供しています。

官僚主義と「APIライン」の消滅

Garry Tan氏は、大企業における官僚的な非効率性を、自身のMicrosoft時代の経験を通して語ります。Windows Mobileチームにいた22歳の彼が、隣のWindowsチームのバグ修正を依頼する際に、メールが無視され、最終的には「野球のバット」を持って直接交渉に行くしかなかったというエピソードは、組織間の壁、非協力的な文化、そして人間的なコミュニケーションのロスがどれほど時間と労力を浪費していたかを物語っています。これほど多くの人間の才能と時間が、このような無意味な官僚主義の中で「浪費」されているのです。

しかし、AIはこの状況を根本から変えることができます。Garry氏は、中間の官僚主義的なレイヤーが、AIエージェントに置き換わるべきだと示唆します。エージェントは、社内システムの外部依存関係、各チームのブロック状況、外部ベンダーとの連携など、あらゆる情報をリアルタイムで把握し、自動的に調整することができます。これにより、かつて数ヶ月かかっていたプロセスが数日、あるいは数時間で完了するようになり、製品開発のスピードは劇的に加速するでしょう。

さらに彼は、Venkatesh Raoが提唱した「APIライン」という概念を引用し、AIがこのラインを消し去る可能性に言及します。APIラインとは、Uberドライバーのように、労働者がシステムの外部に置かれ、一方的にAPIの指示に従うしかない状況を指します。しかし、Garry氏が支援するAPI企業Kolabtreeの事例は、このパラダイムシフトを示しています。この企業は、人間ではなくエージェントが利用するための「バグレポートエンドポイント」をリリースしました。エージェントがバグを検出すると、自動的にレポートが送信され、別のLLMがリアルタイムで「良いバグだ、来週修正するが、この回避策を試してみてくれ」と返答するのです。

これは、人間がAPIの指示に従うのではなく、エージェント同士が「対話」し、協力して問題を解決する未来を示唆しています。Garry氏は、トヨタ生産方式の例を挙げ、現場で実際に作業を行う人が生産ラインの改善権限を持つことで、日本車が品質で世界を席巻した歴史に触れます。AI時代においては、APIラインの下に置かれていた人々、あるいはエージェントが、システムの改善に積極的に関与し、ボトムアップで働き方を最適化できるようになるかもしれません。これは、一見階層的な社会がボトムアップの革新を生んだという、興味深いパラドックスです。

AIによる社会変革の速度:「ホワイトピル」としての遅さ

AIの進化が社会に与える影響については、大量のホワイトカラー職の喪失、格差の拡大、社会の永久的な下層階級の出現といった「悲観論」が広く語られています。しかし、Garry Tan氏は、これらに対して「ホワイトピル(希望をもたらす考え方)」を提供します。

彼のホワイトピルとは、皮肉にも「あらゆる官僚主義、遅さ、そして『7±2』の法則(人間が一度に処理できる情報量の限界)が、社会のセーフティネットとして機能する」というものです。社会、政府、そして世界中の企業は、我々が思っているよりもはるかに遅く変化します。Microsoftのような巨大組織が、構造的な理由から簡単には変わらないように、既存のシステムには「堀(moat)」が存在します。これは、AIがすべての仕事を瞬時に奪い去るというシナリオに対する、現実的なカウンターバランスとなります。

Garry氏は、Y CombinatorのStartup Schoolに集まった7000人の若者たちの顔を見て、希望を感じたと言います。彼らの多くは18歳から22歳の「AIネイティブ」世代であり、ChatGPT時代に成人した人々です。彼らはAIを自然なツールとして受け入れ、使いこなす能力を持っています。Garry氏の世代がWebやモバイルのネイティブであったように、このAIネイティブ世代が20年後に社会の主要な担い手となる頃には、社会は彼らが期待する「AIが当たり前の世界」へと変貌しているでしょう。

この20年という時間軸は、悲観論者が期待するような急速なディスラプション(破壊的変化)ではありませんが、社会が変化に適応し、新しい仕組みを構築するための猶予を与えます。だからこそ、社会の遅さ、政府の遅さ、企業の遅さは、むしろ「良いこと」であるとGarry氏は捉えています。

次世代のコンピューター:音声、記憶、そして「優しい機械」

Garry Tan氏は、将来のコンピューターの姿についても考察を巡らせています。短期的には、現在のフォームファクター(スマホやPC)は維持されるだろうとしながらも、長期的には「音声」が主要なインターフェースとなることは確実であると予測しています。

しかし、真の変革は、コンピューターの「記憶」と「コンテキスト」の能力にあります。現在のChatGPTやClaudeも素晴らしいですが、Garry氏は長期的にユーザーは「もっと多くのコンテキスト」を求めるようになると考えています。それは、あなたの希望、恐れ、願望を理解し、あなたのために relentlessly(執拗に)探し求め、助けてくれる「living grace(生きた恩恵)」を持つ機械です。これは、SF作家Richard Brautiganの詩「All Watched Over by Machines of Loving Grace」を彷彿とさせる、共感的で親身なAIアシスタントのビジョンです。

このビジョンを実現するためには、コンピューターの使用履歴、会話の記録(diarization)、あらゆる情報の取り込み(ingestion)といった、広範な記憶とコンテキスト管理の技術が必要となります。Garry氏は、来年(2027年)には、これらの記憶とコンテキストを管理するシステム、すなわち「ハーネス(harness)」を巡る「ハーネス戦争」が勃発すると予測しています。

この競争を加速させるのは、AIモデルのコストの劇的な下落です。現在のフロンティアモデルの計算コストは、2〜3年後には50〜100ドル程度にまで下がるでしょう。これにより、億単位の消費者をターゲットとした「ブラウザ戦争」のような大規模なプラットフォーム競争が再燃します。最先端モデルのトークン単価が無限大に近づく一方で、過去のフロンティアモデルのトークン単価はゼロに収束していくという経済学的変化は、消費者向けのAIソフトウェア開発を大きく後押しします。

ソフトウェアの最大の魔法は、「増分分配コストがゼロ」であることです。AIモデルのコストが下がることで、この魔法が再び息を吹き返し、これまで実現できなかった「無料でお試しできる」コンシューマーAI製品が爆発的に生まれるでしょう。Garry氏は、この変化によって、初めて「感情的なテクスチャーを持つコンピューター」が登場し、人間とのインタラクションの質が劇的に向上することに大きな期待を寄せています。我々はまだ非常に初期の段階にいるのです。

地域社会への貢献と「ローカルな野心」

Garry Tan氏の活動は、テクノロジーとビジネスの領域に留まりません。彼は近年、サンフランシスコの地方政治に深く関与し、地域社会の問題解決にも力を入れています。これは、AIが解決できない、人間の協力と調整に依拠する「人間的課題」への取り組みです。

彼が地方政治に関与する「ホワイトピル」は、「アメリカにはまだ法の支配があり、政府の人間は助けようと努力している」という信念です。完璧ではないにしても、システムの誠実さを信じる心です。サンフランシスコでの陪審員義務を通じて、彼は都市の多様な断面を目の当たりにし、テクノロジー業界の人々が市の人口の10〜20%を占める重要な存在であると再認識しました。

Garry氏の地方政治への関与は、個人的な経験に強く根ざしています。COVID-19パンデミック中、サンフランシスコではアジア系アメリカ人に対する凶悪な犯罪が横行しているにもかかわらず、当時の地方検事は見て見ぬふりをしていました。同時に、学区の教育委員会は、公立中学校でアジア系アメリカ人の子供たちが代数を学ぶことを阻害するような政策を推進していました。東ベイのフリーモントで公立学校に通い、代数を学び、微積分に進み、スタンフォードで工学を学び、現在のキャリアを築いたGarry氏にとって、これは「個人的な問題」でした。

彼は、これらの問題の根源に、データや建設に反対し、バーチャルシグナルを発する「NIMBY(Not In My Backyard:自分の家の裏庭にはいらない)主義者」のような、現実から乖離したイデオロギーを持つ人々がいることを突き止めました。ビルダーとしてのGarry氏は、「言葉には意味がある。供給と需要は存在する。市場は存在する。インセンティブは存在する」という原則を信じています。政府とは、我々のような人々が声を上げず、注意を払わず、メディアに責任を問わないときに、その機能を失い、道を誤るものなのです。

Garry氏は、サンフランシスコのチャイニーズ・オブ・ザ・ウェストサイドのような草の根団体が、代数の学習機会や高齢者の安全を求めて組織化し、農民市場で直接人々に語りかけることで、メディアが取り上げなかった反アジア系犯罪の問題を可視化しました。彼の言葉によれば、主要なメディアでさえ、反中国人・反アジア系犯罪を報道しようとしなかったのです。このような機関の失敗に対し、彼は「システムが忌まわしくなったら、その上に身を置け(When the system becomes so odious, you've got to put your body on it.)」というMario Savioの言葉を引用し、評判や個人的な危険を顧みずに行動することの重要性を強調します。それは、同胞、同市民との「約束(covenant)」だからです。

この結果、サンフランシスコは現在、劇的な改善を見せており、Garry氏はサンフランシスコが他の「青い都市」への模範となるべきだと考えています。彼のウェブサイト「Garyslist.org」は、サンフランシスコで学んだ教訓を他の都市に広めることを目的としています。

Garry氏は、「ローカルに行動し、隣の人々を大切にする」ことの哲学を提唱します。国家レベルの議論にばかり目を奪われるのではなく、サンフランシスコの住宅問題、犯罪、治療と回復といった具体的なローカルな問題に取り組むことによって、我々が望む社会を築くことができると彼は信じています。ローカルな問題が解決されれば、州レベル、国家レベルのシステムも自ずと機能的になり、理にかなわないことに「ノー」と言い、人々に素晴らしいことに「イエス」と言えるリーダーが育つはずだからです。AIが進化する現代においても、地域社会への貢献と、ローカルな野心を持つことの重要性は変わりません。

結論

Garry Tan氏が語る「創業者たちの新ルール」は、単なるビジネス戦略の指南にとどまりません。それは、テクノロジーの進化が人間の働き方、組織のあり方、そして社会そのものをいかに変革していくかについての、深い哲学的な洞察に満ちています。

彼のキャリアの軌跡は、流行に流されず、自身の「知っていること」を追求する勇気、そして既存の常識に挑戦する「カルト的」な信念が、いかに大きな成功の鍵となるかを示しています。Y Combinatorは、このような「アウトサイダー」たちに機会を与え、本音で語り合えるコミュニティを提供することで、シリコンバレーの文化を変革してきました。

そして今、AIの時代において、創業者はかつてないほどの力を手にしています。「Markdownファイルは従業員」となり、一人の人間が数百人分の働きをできる時代が到来しました。ビジネスプロセスは「ループ」によって自動化・最適化され、組織のボトルネックはAIによる「透視」能力によって解消されます。これにより、製品やサービスは劇的に向上し、人間はより創造的で本質的な仕事に集中できるようになるでしょう。

AIが社会にもたらす変化は避けられませんが、Garry Tan氏は、社会の官僚的な「遅さ」を「ホワイトピル」として捉え、希望の光を見出しています。AIネイティブ世代が社会の主役となる20年後には、テクノロジーが真に「優しい機械」として人々の生活を豊かにし、これまで想像もできなかったような「ユートピアへの試み」が現実のものとなるかもしれません。

同時に、彼はテクノロジーの力を社会の根本的な課題解決に結びつけることの重要性を説きます。地方政治への積極的な関与は、AIが解決できない人間的な協力と調整の領域であり、コミュニティへの責任を果たすことの重要性を示唆しています。

AIは、私たちをかつてないほどの生産性と洞察力へと導くツールです。しかし、その真の価値を引き出すのは、過去の教訓から学び、主体的に行動し、社会のボトルネックを解消し、そして「ローカルな野心」を持ってより良い世界を構築しようとする創業者たちの情熱と勇気です。Garry Tan氏のメッセージは、この激動の時代を生き抜くすべての「ビルダー」たちへの力強いエールとなるでしょう。