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「Compoundはオワコン?」なんて言わせない!日本のトップスタートアップが語る、マルチプロダクト戦略の真髄と未来

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「Compound(コンパウンド)戦略」という言葉をご存知でしょうか?近年、SaaS業界を中心に注目を集めるこの戦略は、複数のプロダクトやサービスを統合し、顧客に一貫した価値体験を提供するビジネスモデルを指します。しかし、最近では「Compound戦略はもうオワコンではないか?」という、にわかに信じがたい意見も耳にするようになりました。

この度、「STARTUP AQUARIUM」にて開催された「Compoundスタートアップの現在地」と題されたパネルディスカッションでは、SmartHRの芹澤雅人氏、カミナシの諸岡裕人氏、そしてディニーの山田真央氏という、日本を代表する3社のトップランナーが集結。モデレーターのHQ坂本祥二氏と共に、各社のCompound戦略の背景、具体的な取り組み、そしてその未来について、赤裸々に語り合いました。

本記事では、このパネルディスカッションの内容を深く掘り下げ、Compound戦略の本質、その重要性、具体的な機能、ビジネスへの影響、そして将来性を、経験豊富なジャーナリストの視点から詳細に解説します。


1. 「Compound戦略」とは何か?その本質に迫る

パネルディスカッションは、モデレーターの坂本氏による「Compound」の定義から始まりました。

Compoundとは、単に複数のプロダクトを増やすだけでなく、それらを統合体験として、顧客体験も技術面も一体化させ、素晴らしい価値を創造していく戦略

これは、表面的な多角化とは一線を画すものです。単に多くの商品ラインナップを持つことではなく、それぞれのプロダクトが連携し、相互に作用し合うことで、単体では生み出せない相乗効果と顧客価値を生み出すことを目指します。

最近、この戦略を採用するスタートアップが増えている背景には、SaaS市場の成熟や、特定の垂直領域(バーティカル)市場のTAM(Total Addressable Market:獲得可能な最大市場規模)の限界が見えてきたことなど、複数の要因が挙げられます。一つのプロダクトで市場を席巻することが難しくなった現代において、いかにして事業を拡大し、顧客への提供価値を高めるかが、企業存続の鍵を握るようになりました。

2. トップスタートアップが明かす、Compound戦略の採用背景

では、なぜこれらのトップスタートアップは、Compound戦略を採るに至ったのでしょうか。各社のユニークな背景と、そこに見える共通の哲学を探ります。

2.1. SmartHR:技術的必然から生まれた多角化の軌跡

人事労務クラウドソフト「SmartHR」を提供する芹澤氏は、SmartHRがCompound戦略を推進した背景には、創業初期からの技術的な視点と、後の市場環境の変化への適応があったと語ります。

「Compoundという言葉が言われ始めたのは2年くらい前ですが、私たちはそれよりもずっと前から、この戦略に該当する取り組みをしていました。2017年頃から、特定の1つのプロダクトに留まらず、社内では『マルチプロダクト』と呼んで、周辺領域のプロダクトをスピーディーに開発していこうと考えていたのです。」

当初のSmartHRの多角化は、必ずしも「Compound戦略」という名で呼ばれていたわけではありません。芹澤氏は、当時のCTOであった自身のシステムアーキテクチャ的な思想が大きな要因だったと説明します。

「私はもともとCTOだったのですが、『あまりモノリシックに、一つの大きなリポジトリに全ての機能を詰め込むのではなく、細かくサービスを分けて開発する方が、スケーラビリティや開発のしやすさの観点から優れているのではないか』と考えていました。その結果、プロダクトを細分化し、それぞれが独立したサービスとして機能するような構造を作っていったのです。」

しかし、この技術的な判断が、後に訪れるビジネス環境の変化と見事に合致します。

「当時はSaaS市場全体が『SaaSを作れば自ずと成長する』という楽観的なムードに包まれていましたが、次第に個々の垂直領域におけるTAM(Total Addressable Market:獲得可能な最大市場規模)の限界が見えてきました。一つのプロダクトだけでは、期待される事業規模まで成長しきれないというリアリティが浮かび上がってきたのです。その時に、『じゃあ事業をさらに大きくしていくためにはどうすればいいか?』という問いに対して、すでに構築していたマルチプロダプロダクトの基盤が強みとして機能し始めました。」

SmartHRは、労務管理から始まったサービスを、人材マネジメント、採用、タレントマネジメントといった周辺領域へと着実に拡大していきました。これは、単にプロダクトを増やすだけでなく、既存のデータや顧客基盤といった**「アセット」を最大限に活用し、レバレッジを効かせながらスピーディーに新しい価値を生み出す**という、Compound戦略の理想的な実践例と言えるでしょう。

2.2. カミナシ:現場の切実な声に応える「顧客主導」の戦略

オフィス外で働くノンデスクワーカー(工場、物流、ホテル、店舗など)向けのSaaSを提供するカミナシの諸岡裕人氏は、SmartHRとは異なる「顧客の切実な声」がCompound戦略の原点になったと語ります。

「私たちがCompound戦略を取った背景は、一言で言えば**『お客様からめちゃくちゃ言われたから』**です。2016年に創業し、最初は1つのプロダクトで展開していました。」

カミナシのターゲットとするノンデスクワーカーの現場は、オフィスワーカーに比べてデジタル化が大幅に遅れているのが現状です。諸岡氏によれば、**「皆さんが思っているデジタル化の半分以下、全く進んでいない」**と表現されるほどです。

「当初、現場で使われるアプリは1つか2つ程度でした。しかし、デジタル化が進むにつれて、2つ目、3つ目とアプリが増えていくと、お客様から『諸岡さん、これ複数使うの無理だわ』という声が上がるようになりました。特にIT化が進んでいるお客様ほど、『1つにまとめたい』というニーズが強かったのです。」

その理由として、諸岡氏は主に2つの点を挙げました。

  1. 現場の人材入れ替わりの激しさ: アルバイト、パート、契約社員など、ノンデスクワーカーは人の出入りが非常に頻繁です。個別のアプリごとにアカウントの登録・削除作業を行うことは、現場の管理者にとって莫大な手間と負担となります。彼らは、ID基盤を統一し、一元的に管理できることを強く求めていました。
  2. IT予算の制約: オフィスワーカー向けのサービスに比べて、ノンデスクワーカーの現場はIT予算が潤沢でないケースが多いです。複数のベンダーから個別のアプリを購入すると費用が高騰するため、バンドル(一括契約)で安価に、かつ統合されたサービスを利用したいというニーズがありました。

これらの顧客の切実な声に応えるため、カミナシは驚くべきスピード感でCompound戦略を実践します。

「当社では、あえてサービス連携を後回しにし、半年間で4つのプロダクトを単体でリリースしました。すると、お客様の7割が最初からバンドルで契約してくれたのです。『1社から買えるなら、そっちの方が絶対に良い』というお客様の反応は、私たちの戦略が正しいことを証明してくれました。」

カミナシにとってのレバレッジポイントは、**現場の「作業データ」「従業員データ(職能スキルなど)」「設備データ」**です。これら現場で発生する多種多様なデータが1つのIDに紐づき、統合的に管理・分析されることで、ノンデスクワーカーの生産性向上に大きなインパクトを与えると考えています。

2.3. ディニー:複雑な飲食業界を征する「TAM拡大」の戦略

飲食店向けSaaS「飲食店経営のダッシュボード」を提供するディニーの山田真央氏も、SmartHRやカミナシと共通するが、より**TAMの拡大と「勝率」**に焦点を当てた視点からCompound戦略の必要性を語ります。

「私もお二方とほぼ同じ意見です。スタートアップのゲームにおける原理原則は、いかにTAMを大きくするか、そしてその大きなTAMの中でいかに勝てる確率を上げるか、という点にあります。1つのプロダクトだけでは、TAMも大きくならず、勝てる確率も上がりきらないのが現状です。」

山田氏は、ディニーがターゲットとする飲食業界の複雑性を指摘します。

「飲食業界は、非常に複雑なビジネスです。商品の仕入れ、調理、そして提供・販売まで、すべてが店舗内で完結します。それに加えて、人間の管理(従業員)、お金の管理(融資など)、新規出店といった多岐にわたる機能や業務が存在します。これらの課題を解決するサービスを作ろうとすると、最初から我々が一社で全て提供した方が、お客様の課題を全般的に解決できると考えました。」

ディニーは、単にプロダクトを増やすだけでなく、それぞれのプロダクトが連携することで、**「1+1が2ではなく10に、1+1+1が100になるような『べき乗則』で伸びていくプロダクト作り」**を目指しています。これは、Compound戦略が持つ、統合による指数関数的な成長可能性を明確に示したものです。

これらの話からもわかるように、各社は「プロダクトを増やそう」という表面的な発想ではなく、**「顧客の課題解決のために、複数のプロダクトを統合的に提供せざるを得なかった」**という共通のリアリティから、Compound戦略に至ったと言えます。

3. 「Compoundはオワコン?」問いかけの真意と、進化する戦略の姿

パネルディスカッションでは、「Compoundはオワコン?」という刺激的な問いかけが投げかけられました。これに対し、SmartHRの芹澤氏からは「もはや『Compound戦略やってます』と歌っていること自体が怪しいんじゃないか、という説さえある」という、非常に示唆に富む発言がありました。カミナシの諸岡氏も「むしろめちゃくちゃ外れていると思う」と続きます。

この逆説的な意見が生まれた背景には、SaaS市場全体の大きな変化があります。

  • SaaSの一般化: かつて「SaaSはすごい」「夢がある」と言われた時代は終わり、BtoB SaaSはすでに一般的なビジネスモデルとなりました。
  • プロダクト開発のハードル低下: 10~15年前は1つのサービスを完成させるのに多くのエンジニアやデザイナーが必要で非常に難しかったのですが、今では開発ツールやフレームワークの進化、NoCode/LowCodeの普及、さらにはAIによるコード生成の進化により、プロダクトを開発すること自体が格段に容易になりました。

このような時代において、「当社はCompound戦略を採っています!」と声高に叫ぶことは、もはや差別化要因にはなりません。複数プロダクトを作るのは「当たり前」の前提となったからです。SmartHRの芹澤氏は、「事業を多角化すること自体は、ビジネスの普通の考え方だ」と述べます。

では、「Compound」という言葉自体がオワコン化したとして、その概念や思想も無意味になったのでしょうか?いいえ、むしろその逆です。

「Compound」の本質は、単なる多角化ではなく、いかにして事業を拡大する「気概」を持ち、共通基盤(アセット)を最大限に活用して、スピーディーに統合的価値を創造できるか、という点にあります。

芹澤氏は「Compound的なことをどういう思想のもと、どういう方法で、どれくらいのスピード感でやろうとしているのか、そしてなぜそれが可能なのか、という部分を深掘りする方が面白い」と語ります。表面的な「Compound」の言葉ではなく、その裏にある**「事業の計画性」と「実現能力」**こそが問われる時代になったのです。

4. Compound戦略のレバレッジポイントと成長機会

トップスタートアップの議論から、Compound戦略における重要なレバレッジポイントと、それによって生まれる成長機会が見えてきました。

4.1. データ基盤の統合がもたらす圧倒的優位性

カミナシの諸岡氏、そしてSmartHRの芹澤氏が語ったように、**「共通データ基盤」**はCompound戦略の核となるレバレッジポイントです。

  • カミナシの現場データ: 現場の「作業データ」「従業員データ(職能スキルなど)」「設備データ」は、これまで紙や個別のシステムに散在し、データ分析の対象外でした。これらを1つのIDで統合し、デジタル化することで、現場の状況をリアルタイムで把握し、AIなどによる分析を通じて、劇的な効率化や最適化が可能になります。
  • SmartHRのHRデータ: 労務・人事からタレントマネジメントに至るまで、従業員に関する一貫したデータを蓄積し活用することで、個々のプロダクト単体では提供できない、より高度な人材戦略の実現を支援します。

これらのデータは、それぞれのプロダクトを連携させることで価値が飛躍的に向上します。複数のプロダクトから得られる多様なデータを横断的に分析することで、顧客は自社の状況を多角的に把握し、より的確な経営判断を下せるようになります。これは、**「1+1が10にも100にもなる」**という山田氏の言葉を裏付けるものです。

4.2. 経営人材育成の「黄金の機会」

Compound戦略は、事業拡大だけでなく、社内における**「経営人材育成の機会」**という、もう一つの大きなメリットをもたらします。

複数のプロダクトや事業を展開するということは、それらを統括するリーダー格のポジションが必然的に増えることを意味します。SmartHRの芹澤氏とディニーの山田氏は、この「リーダーポジションの不足」が、一見すると課題であるものの、実はポジティブな側面であると強調しました。

「プロダクトを複数作り、事業も複数あると、その分リーダーポジションが足りなくなります。しかし、これは逆に、リーダー格や経営人材を社内で育成できる機会が豊富にあるということでもあります。」(芹澤氏)

「シングルプロダクトのリーダーよりも、1段、2段上の目線で事業全体を見渡し、思考実験を繰り返しながら正解を見つけていく楽しさ、そしてそのレバレッジの楽しさを味わえる機会が、Compoundスタートアップにはあります。これは、まさにチャレンジしたい人にとって最高の環境ではないでしょうか。」(山田氏)

Compound戦略の複雑性は、単一のプロダクトだけでは得られない、多角的な視点や戦略的思考を養う絶好の場となります。複数のプロダクトや事業を横断的に見ることで、個別の最適化だけでなく、全体最適を追求する能力、つまり真の経営能力が磨かれるのです。これは、質的な成長を重視する企業にとって、非常に重要なポイントとなります。

5. まとめ:Compoundは「前提」であり「進化」の証

今回のパネルディスカッションで明らかになったのは、「Compound戦略」がもはや単なる流行語や特別な戦略ではなく、現代のスタートアップが持続的に成長するための「前提」であり、市場の「進化」の証であるということです。

  • 顧客起点の価値創造: SmartHR、カミナシ、ディニーの各社は、顧客の未解決な課題に深く向き合い、その解決のために最適なソリューションを追求した結果として、複数のプロダクトを統合する形に至っています。これは、「プロダクト中心」ではなく「顧客中心」の視点が成功の鍵であることを示しています。
  • アセットのレバレッジ: データ、技術基盤、人材、ブランドといった共通のアセットを最大限に活用し、新しいプロダクトやサービスを効率的かつスピーディーに展開する能力が、Compound戦略の実行力を支えています。
  • 人材育成と組織成長: 複雑なCompound戦略は、社内に多くのリーダーシップ機会を生み出し、多角的視点を持つ経営人材を育成するための理想的な環境を提供します。

「Compoundはオワコンか?」という問いは、もはや表面的な言葉の響きに過ぎません。その言葉が示唆する本質的な意味、すなわち「いかにして多様な顧客ニーズに応え、統合された価値を提供し、持続的な成長を実現するか」という問いこそが、現代のビジネスパーソンにとって最も重要な課題です。

もしあなたが、自身のキャリアにおいて大きなインパクトを与えたい、複雑な課題に挑戦し、事業全体を俯瞰する力を養いたいと考えているなら、このようなCompoundスタートアップは最高の舞台となるでしょう。単一のプロダクトに限定することなく、大きな野望を抱き、思考実験を楽しみながら、自ら新しい正解を見つけていくことができる。それこそが、Compoundスタートアップで働くことの最大の魅力であり、未来を切り拓く力となるはずです。

この刺激的な議論を通じて、Compound戦略の現在地とその未来が、より鮮明に見えてきたのではないでしょうか。これからのスタートアップの進化に、目が離せません。